表紙 目次 | ■■■ 本を読んで [2015.2.18] ■■■ 覇者ティムールのイメージ チンギス・カンは人類史上最大の帝国を作りあげたが、第一義的には略奪者と言わざるを得まい。要するに、世界に冠たる偉大な破壊者だった訳だ。 しかし、もともと、遊牧民の世界でのルールはそういうもの。そんな社会では、部族併存には一夫多妻制度は不可欠だろう。そういう世界に、新たなモラルを持ち込もうとしたのが仏教だったと言えるのではないか。現在のモンゴルやチベットにはその当時の流れが今もって残っているのだと思う。日本の仏教とは本質的に違う気がする。全くの私見だが。 一方、この大帝国の系譜を引き継ぐ勢力と呼ばれているにもかかわらず、富んだ秩序ある社会を構築することに注力したのが覇者ティムール[1336-1405]。もっとも、このたった一行の文章程度の知識に、漢字の「突厥」を知っているレベル。ほとんど何も知らないと言ってよいだろう。 そんな状態だから、興味が湧いた訳ではなかったが、最近出版された薄い本なので、どんな人物なのか、ざっと目を通してみようという気になった。今回はそんな本のご紹介。 ・・・と行きたいところなれど、実は、これが難物。えらく読みずらい本なのである。僅か88頁(35文字x15行)にもかかわらず、人物や地名といった固有名詞がなかなか頭に入らないため。もちろん、本の方に問題がある訳ではなく、読む側がさっぱり馴染めないせい。 どうしてそれほどまでも知識が欠落しているのか、この本の冒頭を読んでハタと気付いた。この辺りの歴史を今迄まともに学んだことがなかったのである。・・・ ティムールが、戦前・戦中の日本人に「興亜の覚悟を新たに」させる、いわばアジアの誇りと認識されていた、というのである。そんなこととは露知らず。1961年生まれの方が執筆された本に教えて頂いた訳である。 つまり、この本では以下のようなティムール観が語られている。 元朝とイル=ハン国の衰退やチャガタイ=ハン国の分裂など、十四世紀半ばに始まるモンゴル帝国瓦解ののちに、広く中央アジア・西アジアに新たな政治的秩序をもたらし、史上に名高いティムール朝文化(およびティムール朝ルネサンス)やティムール朝滅亡後も広く受け継がれる制度・慣習の礎を築いた。 そして、 ティムールの子孫によるインドのムガル帝国はもとより、イランのサファヴィー朝や中央アジアのウズベク諸国家においても、ティムールとその子孫が遺したものが確実に継承されている、と見るべきとの主張なのだ。 まあ、そんなことより、頭に残ったのは、ペルシア詩人Hāfez[1325-1389]の作品に絡む作り話。 【ペルシア古典文学で超有名な詩の第一句】 If that Shirazi Turk would take my heart in hand かのシーラーズの佳人がわが心を受け入れるなれば I would remit Samarkand and Bukhārā for her black mole. その黒きほくろにけて授けむ、サマルカンドとブハーラーを (もちろん、シーラーズはペルシアの都市である。) これに対してティムールが語った言葉が印象的。 With the blows of my lustrous sword, 私は鋭利な剣を振るって I have subjugated most of the habitable globe... 世界の大部分を征服し、(何千もの町と地域を荒廃させたが、) to embellish Samarkand and Bokhara, the seats of my government; それは、(私の故郷であり)玉座の地である サマルカンドとブハーラーを繁栄させるためである。 and you would sell them for the black mole of some girl in Shiraz! お前という奴はシーラーズの佳人のほくろの代償に、 われらのサマルカンドとブハーラーを与えるというのか。 アラル海に注ぐアム川とシム川に挟まれた乾燥地帯の内陸川の地域の都市建設にただならぬ情熱を注いだという訳である。バグダット、ダマスカス、カイロを質量で越える美しい都市を目指した訳だ。 当然ながらそこには、学者、文人、芸術家、建築家、職人が密集し、それを支えるための労働力増強のために移民を進め、一大文化地域が生まれた訳である。同時に交通網を整備し、ロシア・北アジア、中国、インドとの交易基盤も作り上げた訳だ。西方については、アフガニスタン南部のカンダハールから、トルコ東南のディヤールバクルまで、2名の奴隷を連れた寡婦だけで安全に商用旅行が可能だったというのだから、驚異的なガバナンス力と言えよう。 イスラム教と部族社会や貴種好みの風土との親和性を見抜き、それに合った組織的統率力を発揮した、傑出した指導者だったのは間違いなさそうである。 (本) 久保一之:「ティムール―草原とオアシスの覇者 (世界史リブレット人 036) 」 山川出版社 2014年12月20日 本を読んで−INDEX >>> HOME>>> (C) 2015 RandDManagement.com |