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■■■ 本を読んで [2015.2.24] ■■■

ポール・ボモール氏の講演会録

フランスのリモージュの近くにモルトロールという小さな村がある。そこの一小学校教師が19世紀末に教室で村の大人を対象として10回の連続講演会を行ったことが、歴史資料から分かっている。寒い冬の夜、200人程度収容できる教室で行われ、盛況だったらしい。なにせ、村の男性半分と女性の4分の1が参加したというのだから。
1882年に公教育大臣が表明した要請に応えたもので、歴史、植民地建設、農業の進歩、祖国崇拝、労働の尊さ、について熱く語ったようである。推定でしかないのは、歴史家が、その連続講演会のプログラムを見つけたものの講演録や原稿が残っていなかったからである。
にもかかわらず、その講演録が再現されたのである。19世紀にこのリムーザン地方に住んでいた人々の心的世界を、10年以上に渡って研究していた歴史学者によって。

その講演録日本語訳本の「日本の読者へ」によると、出版後、当該教室に招待されて講演をしたところ、当時の聴衆の子供が数冊の古いノートを差し出したという。ボモール先生の生徒が几帳面にも、演説を記載していたのである。
著者は不安に襲われたという。
間違った形で伝えていないかと。

しかし、読んで安堵したそうである。一頁目には、まさしく「祖国」のことが書かれていたからである。そして、想像していた言葉よりも、さらに力を込めて、自己犠牲の必要性、場合によっては祖国のために命を捧げる必要があると強調していることがわかったそうだ。

言うまでもないが、この講演の底流にあるのは、「十字架」から「三色旗」である。宗教的ドグマから科学知識へ、宗教戒律から世俗的モラルへ、という流れそのものでもある。
それは同時に、文明化を旗印とする、植民地大国化推進のためのナショナリズム鼓舞教育も兼ねていた。その帰結が第一次世界大戦であることはご承知の通り。この村で「祖国のために亡くなった」人々は40名にのぼり、それは全国平均を上回ったようだ。

そして、この著者は、この講演こそ、自らの出自そのものと自覚しているのである。
成程、そういうことか。

ちなみに、この歴史学者の著作には、悪臭追放の闘争史とでもいえる、「においの歴史―嗅覚と社会的想像力」がある。本当の歴史観とは、こういった本を読んで初めて身につくものかもしれぬという気になった。

(本) アラン・コルバン[筑山和也 訳]:「知識欲の誕生 ある小さな村の講演会 1895-96」 藤原書店 2014年10月30日・・・[原書] Alan CORBIN:"LES CONFERENCES DE MORTEROLLES─hiver 1895-1896, à l'écoute d'un monde disparu" FLAMMARION, 2011

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