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■■■ 本を読んで [2015.3.3] ■■■

太古「食いもの」の伝承感覚

古代の文字資料から、日本人の大古の食を推定するのは簡単な話ではなかろう。・・・

第一に、古事記は典型だが、恋愛/結婚という血族話が中心で、食に関する記述が極めて少ない点。
第二に、単語が表す「食いもの」が現代でいうどの食材に当たるのか明確ではない点。
第三に、宗教観や禁忌感が不明なので、誤解する可能性が高い点。
第四に、文字資料で記載されている内容は、日常生活ではなく、貴族層の特別な想いが主体と考えられる点

しかし、考古学に頼れば、たまたま見つけた事象を無理矢理一般化している可能性が高すぎる。食が残る訳がないのだから。それに、出土資料独占で批判を防ぐ体質がありそうだし、大御所の意見を強化する話ばかり目立つ世界だ。従って、そのような「研究成果」をそのまま受け取るのは、避けた方が無難である。
そうなると、どうしても、文書記録からどう推定するかという話になる。当然ながら、知的センスの勝負となる。
優秀な人達が競うように集まってくるなら、読者にとっては実に面白い分野といえそう。

そんなこともあり、「文字」を深く読み取るスキルを日常的に磨いており、研究対象も広範囲に渡るような、言語「文化」専門家による解説は魅力的。
と言うことで、最近出版された、その手の本を読んでみた。

軽装本ではあるが、対象とする文字は結構多い。
素人でも簡単に検索できる時代だから、記載文字数が多いことにさほど意味がある訳ではないが、全体が見渡せるのは嬉しい限り。その上で、それをどのように概念的にとらえればよいかのヒントを提供してくれると満点に近い。そういう見方ができるなら、こうも考えられるかナという具合に頭が回転するからだ。(もちろん、そういう書か否かは、著者の思想性に大きく左右されるし、読み手との相性の問題も大きいが。)

小生の場合、例えば、こんな指摘があると、思わず目が点になる。・・・Mo(藻)とMe(布)は発音する場合の口の形そのものが、食材の形態を表現しているというのだ。オノマトペ的なものは、言語文化そのものだと思う。(英語でも、slow-slog-sloth-sloppy,slug-sludge-slimeといった例が知られる。)
古代人は蝦・蟹も食べていたに違いないにもかかわらず、そちらはほとんど無視している一方、藻と布には入れあげてきたことがわかろうともいうもの。こんな状況を鑑みると、現代人が、"藻付"や"若布"から離れられない理由もここら辺りかと。現代の日本人は、古代海人感覚を依然として持ち続けていることになる。
と言うか、重要である食の言葉に、原始感覚に残さずにはいられない気分は太古の昔からなのだろう。
「目-芽、歯-葉、歯茎-茎、鼻-花、頬-穂、身-実、胤-種、体-殻、根-根」といった表現はまさにソレ。

目から鱗という点では、口いっぱいに芋を含んで出る言葉が「ウマウマ」という話も面白い。ウモとは芋であり、旨いとか美味いとは、コレだという。栽培技術や道具製造能力からみて、モンスーン地帯での主食は最初はイモ食だったに違いなく、その時代の感覚がそのまま現代にまで続いていることになる。

そうそう、学者にとってはタブーかと思っていたが、「蚕」とは「食ひ物」としての蛹を指すのでは、との記載も。(小生は、海彦と山彦が交流するようになり、純粋な山間部を除いて、効率性の悪さから昆虫食を早々と捨て去ったと見る。高度な技術が必要な、桑栽培養蚕業が成り立つようになってからの蛹食は新しく始まったもので、両者の間には断絶があると思う。)言うまでもないが、素人の視点で眺めれば、極く自然な解釈である。古事記での、時の流れから見た記載箇所と、その論旨から言って、食事を用意した神から、唐突に、食べられぬ「繊維」が生まれる筈がなかろう。ただ、それならどういうことかとなると素人には手があまる。
この本によれば、桑葉を食べる蚕の「繭」から糸を採取する時代以前の、楢や柏の木に生る「山蚕」を指す可能性ありとのこと。糸は副産物である。
そんな発想で考えれば、縄文の女神との綽名をつけられた「遮光器土偶」は、阿波国のシンボルでもある穀物神の大宜都比売と考えることもできるとのこと。確かに、目の図柄は芽がでてくる「種」の象徴にも見える。奇妙な飾り頭髪は「山蚕」を現すというのも、当たっていそう。

こんなお話に興味がある方にはお勧めしたい本である。

ちなみに、取り上げられている「食ひ物」は、こんなところ。(目次を改訂再編)・・・
【海の幸(川・湖)】
ナ、ウヲ――
カヒ――貝、穎
モ、メ、ノリ、コンブ――藻、海苔、昆布
【山の幸(野・田畑)】
クダ物、クリ――果、栗
ナ――
ネ――
イモ――家つ芋(里芋)、山つ芋(長芋)
【獣肉・鳥肉】
シシ、シギ――、宍(鹿、猪)、鴫、雉
カモ――
(非食用の庭つ鳥)カケ――
【五穀関連】
イネ、シネ、ヨネ――稲、米
クサ――粟、黍、稗、麦、小豆、大豆
サケ、(ミ)キ、クシ、ミワ――(調味料でもある。)
イヒ、ママ――
カユ、モチ、モチヒ――粥、餅
コ(ナ)――
【調味料】
シホ、ス、アメ、アブラ――塩、酢、飴、油
サケ、(ミ)キ・クシ・ミワ――
【液状物】
ミヅ、ユ、シル――水、湯、汁
【食事】
ミケ、ニヘ、アヘ――御食、贄、饗
ミテグラ――供物

(本) 木村紀子:"「食いもの」の神語り 言葉が伝える太古の列島食" 角川選書 2015年1月25日

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