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■■■ 本を読んで [2015.7.11] ■■■

十二支薀蓄本を読んで

高齢層しかその名前を知らない状況かも知れぬが、前尾繁三郎[1905-1981]の著作を読んでみた。言うまでもないが、第二代宏池会会長。
インテリが多い政治集団だが、そのなかでも蔵書数4万と言われ光った存在だった。政治的な著作は、どこまで本人の作かわからぬが、それ以外はご本人の関心領域(宇源/語源趣味)であり、正真正銘の思索の結晶が詰まっているに違いない。そんな本。

南方熊楠:「十二支考」@青空文庫を読んでいたら「四神と十二獣について」という論考参照との箇所に出くわした。ネットでは見つからないので図書館検索をかけたら、前尾繁三郎のこの著作が現れた次第。なかなかの大作のようなので、これを無視する訳にはいくまい。しかし、3万円支出する気にはならないので、図書館で借りるかとなった訳。
もちろん、当初探していた熊楠全集も。

小生は、十二支の形成過程を考えれば、アジア諸民族のものの考え方がわかってくると見ているので、せっかく大部の本を眺めたから、その辺りの感想を書き留めておくことにしたい。

まず、小生の基本スタンスに触れておこう。

十二支の基本は天文/暦学的な12の方位。幾何学的な概念でもあるから、それぞれに生肖(獣)を与える必要性があるとは思えない。例えば、子を鼠という全く異なる概念で補強する意味は薄いということ。せいぜいが暗記に便利という程度でしかなかろう。そうだとすれば、知的レベルが高いと見なされたい支配者層が、率先して生肖を用いるとは考えにくい。と言って、民衆が産みだしたとしたら、地域毎バラバラの設定になる筈で、アジア一帯がほぼ揃うことは考えにくい。
と言うことは、方位概念に、広大な「帝国」イメージを被せようと図ったと考えるのが自然である。それぞれの獣は従属させられた民族のトーテムを現しているということ。ただ、従属といっても、12方位の表示は円形だから、全体の支配的なトーテムがわからない点がミソ。
従って、本来的には、龍といった知られてない「生物」は含まれていなかった筈。
実際、左図のように、チュルク系では龍ではなく、実在する代表的な水棲生物をあげている。と言うことは、中華帝国では、古くは揚子江鰐だった可能性が高かろう。ただし、これは、自分達の生活環境に存在する動物か否かという問題ではない。虎や猿が存在しない地域では、虎は流石に豹に替わるが、猿はそのまま通用するからだ。このことは、猿は珍奇な生物として連れてこられたに違いなく、その地域の為政者達は実物を見たということ。だからこそ、共通認識が可能なのだ。
(「なぜ辰に竜が配当されるようになったかについては、竜が想像上の動物であるだけにこれを的確に説明した書物は見当たらない」そうだ。江南の鰐が帝王になっては中華帝国大分裂の可能性があり、それでは大いにこまるからとの、説得力ある解説は生まれていないのだろうか。)

このような事象を見れば、龍に関しては、為政者が無理矢理仮想的信仰像に替えたと考えざるを得まい。ただ、その代替は、民衆の琴線に触れるものだったとは言えそう。
「子〜亥」に「鼠〜猪」当てたのは、同字だというのは牽強付会だし、五行からと見るのは後付の符号化にすぎず、陰陽説に至っては精緻に塗り固めたお話と考えるのは、まともに考える人なら当然。

ともあれ、12の生肖(獣)は、帝国の支配層と民衆の知恵の融合と思われる。帝が決めたという話は残っていないようだし、部分的な変異パターンはあるが、どの地域も「標準」を踏襲しているのだから。
そうだとすれば、アジア一帯に、この表現を是とする、なんらかの共通な思想的基盤があったと考えるのが自然。
それがどんな思想だったのか想定することで、アジアの発想の原点を覗くことができるかも。

そんなとっかかりとして、南方熊楠本と前尾繁三郎本はお勧めである。

ただ、両者の性格はかなり異なる。前尾本は、動物生態的な発想は薄い。しかし、文献の読みは深いものがある。学者ではないから、一門としての主張との齟齬を気にかける必要もなく、素直に判断を下しているので読んでいて楽しい。

一方、熊楠本は、視野がことのほか広い。アジアという視点で眺めるな、と警告を発しているのかも知れぬと思うほど。おそらく、ご本人は、発祥元と伝播の方向についての仮説を立てていたと思われるが、それを示唆するような書き方を避けているのが秀逸。
文章は読み易いのだが、もう一歩書いて欲しいナと感じさせる訳で。皮膚感覚だけでいい加減な仮説を提起するなと主張しているようなものか。流石、学者である。

折角、読んだので、それを踏まえていい加減な理屈でも作ってみるとするかという気にさせる本である。

(本)
前尾繁三郎:「十二支攷」 前尾繁三郎先生遺稿集出版刊行会/思文閣 2000年
   (「十二支の総合的研究」未定稿)
  第1巻 子・丑
  第2巻 寅・卯
  第3巻 辰・巳
  第4巻 午・未
  第5巻 申・酉
  第6巻 戌・亥
  別冊
   前尾繁三郎先生とその時代(宮沢喜一,海部俊樹,野中広務)
   前尾繁三郎先生夫妻銀婚式記録(池田勇人祝辞・前尾繁三郎挨拶)
   平野貞夫:前尾学について
   前尾繁三郎先生略年譜
南方熊楠:「十二支考」@青空文庫(乾元社版底本の岩波文庫を電子化)
  01 虎に関する史話と伝説民俗
  02 兎に関する民俗と伝説
  03 田原藤太竜宮入りの話
  04 蛇に関する民俗と伝説
  05 馬に関する民俗と伝説
  06 羊に関する民俗と伝説
  07 猴に関する伝説
  08 鶏に関する伝説
  09 犬に関する伝説
  10 猪に関する民俗と伝説
  11 鼠に関する民俗と信念
  − [牛は無記述]
「南方熊楠全集」第3巻[論考第1]"四神と十二獣について" 乾元社 昭和27年 (名称は全集だが、発刊当初から選集レベルでしかないと言われてきた。増補版は、平凡社刊 昭和46年。しかし、それでも全集とは言い難いのでは。)


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