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2003.5.6
 
 


Madonnaの提起…

 Madonnaといえば、ストリップ姿で登場したりして、タブー破りで超有名である。顰蹙をかうような行動に出るから、評価も分かれるが、膨大な数のファンを抱えていることは間違いない。
 このMadonnaが、2003年4月、久方ぶりに、「American Life」をリリースした。「I'm just living out the American dream and I just realised that nothing is what it seems」といった主張の曲だ。今度はどのようなタブーに挑戦するのか、早くから注目が集まっていた。

 挑戦はミュージックビデオで始まった。
 今、公開されているMTVビデオは、各国の国旗をバックに歌うだけで、極めて大人しい内容だが、当初放映予定のものは極めて刺激的なものだったらしい。
(http://www.mtv.com/bands/m/madonna/news_feature_042203/?_requestid=878920)

 ファッションショーに乱入し、手榴弾を投げつけて大混乱、といったストーリーが採用されていたのである。当然、公開前から物議をかもした。Madonnaによれば、反戦を訴えた、とのことだが、思想というより、悪趣味で驚かす企画に映る。
 時節柄、流石に、放映中止になったが、話題は盛り上がった。PR作戦としては大成功だったといえよう。

 このような動きを見ると、タブー破りによる話題作りが上手で、商才があるといえよう。しかし、Madonnaの思想が商業的に作られている訳ではない。1985年にリリースされた「Material Girl」でも、拝金主義を風刺しており、反物質主義的な思想は一貫している。今回は、より痛烈に米国文化批判を開始したにすぎない。
 英国のRadio Times誌のインタビューでも、米国人の価値観の誤りをはっきりと指摘している。容姿や銀行の預金残高に固執し、裕福で有名になることで成功を印象付けようとやっきとなっている米国人の姿をとらえ、間違った価値観が広がっていると主張したのである。
 そして、「愛や思いやり」の重視を説いた。
(http://www.reuters.com/newsArticle.jhtml?type=topNews&storyID=2622668)

 こうしたMadonnaの主張に賛同する人も多いから、ムードから見て、ヒットは間違いあるまい。しかし、ヒットしたからといって、この思想が米国人の実生活にインパクトを与えることは無いと思われる。
 というのは、米国人の「表層的価値観」を批判しても、批判側の見方が表層的なのだから、問題の本質に迫りようがないのである。表層的批判では、米国人の物質主義文化が影響を受けることはない。

 そもそも、Madonnaの活動自体が、Warner Bros. Recordsといったメガ企業の掌中にある。従って、Madonnaが痛烈な米国文化批判をしたところで、その発言は広告宣伝の一環になってしまう。企業にとっては、絶好の話題作りなのだ。このように、本人の思想とは無関係に、すべての個人的活動がビジネスにまき込まれる。といって、商業活動を止める訳には行くまい。ましてや、企業の利益追及活動を「商業主義」とか「拝金主義」と批判するのは馬鹿げている。企業にとっては、当然の行動である。

 こうした状況は、Madonnaだけではない。一般の人々にも当てはまる。
 米国人が、裕福で有名になろうとしている点をとらえて、「愛や思いやり」が欠け始めた、と見なすのは間違っている。個人が、自由に生きたいと考えれば、拝金主義を否定することは無理なのだ。情緒的には、「This type of modern life is not for me」であっても、生活レベルの低下を防ぎたいなら、個人にとってはやむを得ない決断なのである。

 これは経済の仕組みから発生した問題であり、人々の心や価値観の問題ではない。


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