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2003.7.16 |
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立花隆本の教訓(その2:真剣な凄さ)…多くの人が、立花隆本に心をゆり動かされるようだ。しかし、氏の科学本を読んでみても、卓越した内容には思えない。と言うより、批判者が指摘するように、質の悪い部分がそこここに見うけられる。 このことは、内容そのものより、著者の作品に対する姿勢が、読者の共感を呼んだ、といえるのではあるまいか。つまり、純粋な「知的好奇心」から全精力をかけて書き下した本が持つ魔力が、読者をとりこにするのだ。 そもそも、科学的知識ゼロの文化系オジサンが、複雑で難しい科学の分野に取り組もうとするなど、一度も聞いたことがない。しかも、使えるか分からなくても、ともかく膨大な資料を集め、徹底的に勉強する。とても真似できる所業ではない。 少なくとも、この真剣な「凄さ」は尊敬に値する。 といっても、素養から鍛えてきた訳ではないから、所詮は付け焼刃である。いくら勉強しても力不足は否めまい。 悪く見れば、知識不足をカバーするために、膨大な情報量があることを、読者に誇示せざるを得ないとも言えるかもしれない。 しかし、この情報量の多さが、読者にとってはかけがえの無い魅力でもある。迫力が違うからだ。 映画でいえば、これでもか、という見せ場をちりばめているようなものだ。見せ場が1つしかない映画とは、比較になるまい。 もっとも、情報量の多さだけでは、魅力は限定的といえよう。ヒット映画の鉄則は、ストーリーの面白さであり、見せ場の多さではない。 立花本も同じことが言えそうだ。 複雑な内容を、単純明快に語る点が面白さに繋がっているのである。読者は、一読するだけで、どのように見ればよいのかがよくわかる訳だ。読めば、思わずうなづくことになる。 これこそが、立花本の成功の秘訣といえよう。 文化論の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
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