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2004.1.27
 
 


関西の文化力とは?…

 河合隼雄文化庁長官が、関西のもっている「文化力」によって関西を元気にしよう、と提唱したのが2003年3月のことである。
 東京一極集中傾向に対抗しよう、と狼煙を上げたのである。
  (http://bunka-ryoku.goo.ne.jp/column/column1.asp)

 心意気はわかるが、一極集中是正との発想は古いのではないだろうか。

 グローバル化の時代、人々が魅力ある地域に集中するのは当たり前である。東京に対抗したところで、たいした意味は無い。
 二番煎じで、人を惹きつけることなど、できる時代ではない。発展に必要なのは、知恵を生かした、地域ならではの新機軸や新しい息吹である。

 東京以外でも、元気な地域はある。モノ作りの中京圏や、アジアとの繋がりを重視する北九州圏は活発だ。独自のカラーを打ち出し注目される地域も増えている。

 ところが、大阪を中心とする関西圏は、力がある筈なのに、さっぱりだ。

 そこで、「関西元気文化圏」構想が登場したのだろう。
 その結果、発起人には錚々たるメンバーがずらっと並んだ。誰でもが尊敬するような著名な学者が呼びかけた上、「官」が正式に動いたのだから、当然かも知れない。
  (http://bunka-ryoku.goo.ne.jp/member.pdf)

 しかし、こうした動きには違和感を覚える。
 「官」が音頭をとる文化活動で、経済活性化の一歩を踏み出そうという発想は、かつて日本が進めてきた産業政策に似ているからだ。
 こうした体制から抜けようと苦闘しているのに、また、元に戻そうというのだろうか。

 そもそも、こうまでしないと、文化活動を進めるのが難しいのだろうか?
 あるいは、官製ロゴをつけて、お墨付きの下で文化活動を進めると、お祭り気分でハイになれる、とでも言うのだろうか?
 大いなる疑問である。

 「官」の援助がなくても、関西地区には、力が発揮できる人材は揃っている。

 例えば、原田平作阪大名誉教授は、1999年に、突然「美術フォーラム21」を発刊した。内容から見て、どう見ても専門家向けではない。にもかかわらず、恐ろしい程、質が高い雑誌である。
  (http://www1.odn.ne.jp/daigo-shobo/forum.html)

 経営不振の専門出版社が続出しているというのに、収益的に一番苦しいと言われる領域で、出版事業を始める人がいるのだ。これだけでも驚きである。
 こうした動きこそが、文化活動の基点ではないだろうか。

 もともと、関西地区は優れた古美術の宝庫であるし、コレクターも多いと思う。この分野では、優れた研究者が密集している地域と言って間違いあるまい。
 こうした地域だからこそ、専門家が一般人に語りかける雑誌が出せるのである。

 文化庁が支援すべき対象は、本来は、このような経営的に難しい挑戦ではないのか。
 これこそが、「文化力」を生かした経済活性化の触媒になると思うのだが。

 ところが、こうした力があるにもかかわらず、TVのヒット番組「なんでも鑑定団」でさえ、東京発のプログラムのようだ。
  (http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/)

 それ以上に驚くのは、「文化力」を語るにもかかわらず、風前の灯火と化している関西独自の文化活動には、文化庁が興味を示さない点だ。

 2003年12月3日付け神戸新聞によれば、戦後日本の前衛美術運動で有名な「具体美術協会」をコレクションしている芦屋市立美術博物館が休館になるらしい。世界的に名を知られた芸術品がありながら、全く活用できないようだ。
 (「具体」は高級住宅地芦屋で生まれた美術運動である。「具体」の所蔵作品は630点にのぼり なかでも吉原治良の「白地に黒い円」が有名である。)
  (http://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/120.html)

 費用の問題で維持は無理とされているようだが、要するに、地域住民を説得する努力は面倒だし、コレクションを活用するアイデアもないだけの話しである。

 実際、全く逆の動きもある。北九州市立美術館は、「具体美術協会(1954年-1972年)」の作品12点(アンフォルメル運動を進めたミシェル・タピエのコレクション)を購入する。大枚の費用を投じて、コレクションを拡張するのである。
 抜けていた吉原治良の作品が入るということで、大喜びである。
  (http://www.city.kitakyushu.jp/~k5200020/binomori/76/shinsou_gutai.html)

 これからは、「具体」最盛期の代表的作品に触れたい人は、関西ではなく、北九州に行くことになるのかも知れない。
 関西は又ひとつ魅力を失うのである。それも自らの決断で。


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