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2004.12.24
 
 


UNESCOマークの悩み

 UNESCO(United Nations Educational,Scientific and Cultural Organization)は、人類が二度と戦争の惨禍を繰り返さないようにとの願いを込めて、各国政府が加盟する国際連合の専門機関として創設された。

 そのシンボルマークには世界遺産に登録されたアクロポリスのパルテノン神殿が使われている。「人類の知的・精神的連帯」を象徴しているそうだ。(1)

 しかし、現実には、パルテノン神殿は「連帯」の象徴というより、大英博物館の展示品“parthenon marbles”のギリシアへの返還運動 v.s. 美術館/博物館連合の返還反対運動の「対立」の象徴と化している。(2)

 見る方の立場に立てば、建物の一部を剥ぎ取った断片の「美術品」展示より、世界に散逸した断片をつなぎ合わせて修復し、建物の飾りの全体がわかる「歴史的構造物」の装飾を展示した方が、ずっと魅力的だと思う。そして、その修復物が、もともとの建築物のそばにあれば、昔の様子を想像できるから、理想的だ。

 しかし、博物館にとっては、集客力の鍵である所蔵品を失えば、存亡にかかわるから、返却などもってのほか、という訳だ。
 しかも、“parthenon marbles”(通称:エルギンマーブル)を返却すれば、他の所蔵品も次々と同じ運命をたどる可能性が高いから、博物館や美術館は必死である。
 ルーブル美術館の「ミロのヴィーナス」も、エーゲ海のミロス島で見つかったものであり、ギリシャに返還すべし、となるかもしれないのである。

 お蔭で、パルテノンをめぐる対立が解ける兆しはない。
 下手をすると、ナショナリズムに火がつき、不毛な戦いが始まる可能性もある。(3)

 とはいえ、やっかいなのは所有権だけの話で、展示問題自体は単純な話である。

 要するに、建物の装飾的付属物の断片を、そのまま展示し続けるのがよいか、できる限り断片を集め、もとに復元した方がよいか、という価値感が問われているだけのことだ。
 (“parthenon marbles”は壷のような一品モノとは違うことに留意されたい。)

 換言すれば、建築物や周囲の環境を含めた「歴史的遺産」をどう保存すべきか、という方針問題なのである。

 この議論が深まればよいと思っていたら、アテネオリンピック開催で、下火になっしまった。残念なことだ。

 それまでは、ギリシャのMelina Mercouri 大臣が、英国に展示品返還を迫ったり、華やかだったのだが、忘れられてしまったようである(4)

 こんな状況下で、この話を持ち出したのは、朽木ゆり子著『パルテノン・スキャンダル−大英博物館の「略奪美術品」−』(新潮社 2004年9月)(5)が出版されたからである。

 今までも“parthenon marbles”については、断片的な話は耳にしてきたが、歴史的経緯はよくわからなかった。それが、この本を読んで氷解した。

 博物館が所蔵品を傷めるという、信じがたい「クリーニングスキャンダル」(6)も、全体流れのなかで見ると、いかにもありそうなこと、と合点がいく。

 自分達が、大理石は「美しい」白色であるべき、と考えるなら、どの文化圏の美術品だろうが、この原則が適用されることになる。白色でない美術品は価値が低いのである。
 従って、たとえ、かすかな彩色が残っていたところで、関心など全く湧かない。そんなことより、「本来の」大理石の白色を取り戻すことが重要なのである。

 保存作業とは、自分達が考えている芸術的価値を維持するために、所蔵品に手を加える作業とも言える。
 要するに、大英博物館とは、自分達の美意識で価値があると判定した「モノ」を収集・整理し、展示している場所にすぎない。

 こうした思想で運営されている博物館がある限り、世界から、美術品略奪がなくなることは無いと思う。

 美術品の価値はその歴史や環境に無関係、と博物館がお墨付きを与えているに等しいからだ。
 しかも、建築物から破壊的に剥ぎ取った断片であっても、表現の芸術性が高いなら、価値は極めて高い、と認定するのである。そして、価値を落とさぬよう、断片の芸術性維持に力を注ぐ。

 本体破壊に繋がっても、一部分でいいから、なんとしても手に入れたいと考えるコレクターと、同根の思想と言えよう。

 美術品入手のためには手段を選ばないコレクター達の思想基盤は、大英博物館が提供し続けてきたと言えそうだ。

 --- 参照 ---
(1) http://www.unesco.or.jp/contents/about/t_rinen.html
(2) http://www.greece.org/parthenon/marbles/
  http://www.parthenonuk.com/
  “Many of the unique works of art that ornamented the Acropolis have been stolen and transferred abroad.
  The worst plundering of the monuments took place in the beginning of the 19th century by Lord Elgin.”
  (http://www.culture.gr/2/21/211/21101m/e211am01.html)
(3) 2002年12月19日、大英博物館など欧米の博物館は古代文化財返還反対の姿勢を示した。
  「世界の博物館の重要性と価値に関する声明」
  中国の典型的反応は、任暁風 氏の論説(北京周報:日本語)
  http://www.pekinshuho.com/2003-09/03-09-china1.htm
(4) http://www.parthenonuk.com/
(5) http://www.shinchosha.co.jp/books/html/4-10-603540-5.html
(6) http://www.thebritishmuseum.ac.uk/gr/Parth.pdf
  http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk/543077.stm


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   尚、バーミヤン文化支援キャンペーン(世界遺産活動)は2004年12月31日までです。お急ぎの程。