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2006.7.11
 
 


岡崎疎水界隈の庭とは何か

 ちょっとしたきっかけで、「北は山、南は湖、西は道、東は川」(1)を読んでしまった。
 京都の観光案内書ではない。ハンガリーの現代作家の小説(邦訳)である。

 どんな感想がうまれているのか、興味を覚え、検索してみたが、残念ながら本屋さんの宣伝が多くてよくわからず。書評によれば、“京都に感応した夢幻小説”である。(2)

 確かに、小説にしては、不思議なお話である。“源氏の孫君”が登場するが、主人公はヒトではなく、「京都の寺」だからだ。
 そして、その寺の奥にあって、誰も気付かない、八本のヒノキの古木とその下の苔の絨毯からなる小さな庭が、この話の核なのである。

 幻覚というより、堕落した現代社会に飽きがきている人の目から見た、京都の現実が描かれている感じがした。
 ただ、そんな内容なら、読んでいて面白い筈がない。おそらく、一気に読んでしまったのは、源氏物語調の文章力によるところが大きい。

 どんな感じか、一節、いや、一つの文章を紹介しよう。

 “痛み(ママ)やすい本を保護するためのあらゆる手段が考案され、ついには今日よく知られた伝統的な和本形式が完成し・・・[この後, 句点「。」無しに、21もの読点「、」が入った, 12行ほどの文章が延々と続く.]・・・その意味での伝統とその自明性は疑うべくもないこと、そうしたことを素直に信じることなのだった。”

 思わず、源氏物語がさっぱり読めず、苦労した頃を思い出してしまった。
 そうなのである。日本の文化は、枕草子のような、単純な“いとおかし”の世界では読めないのだ。

 庭にしても、それが言える。
 京都観光の目玉は、庭である。特に、この本が語る東山を背にした庭は人気が高い。小川治兵衛(屋号は植治(3))の手が入ったお庭拝見はブームと言ってもよいかも知れぬ。(もっとも、非公開も多いが。)
 自然を活かした庭ということになってはいるが、疎水の水を引き込んだ人工的なものである。しかも、話題になるのは、よく手入れされた“生きた”庭である。
 (もっとも、無鄰庵の手入れが十分と感じる人などいないと思うが、それはそれで面白い。)

 こうした庭は、明治になってからのものである。権力者と豪商が、南禅寺・岡崎界隈に作った別邸が発祥と言ってよいだろう。(4)日本中が、山県流ナショナリズムの下で走った頃の産物である。
  ・無鄰庵[山県有朋]
  ・清風荘[西園寺公望]
  ・對龍山荘[市田弥一郎]
  ・碧雲荘[野村徳七]
  ・織寶苑[岩崎久弥]
  ・有芳園[住友吉左エ門]
  ・洛翠荘園[藤田小太郎]
  ・環水園[原弥兵衛]
  ・真々庵[染谷寛治]

 作庭の基本方針は、水とお金不足で生まれたような枯山水型を排して、水をふんだんに取り入れ、お金がかかっても、手入れした植木の妙を楽しめるものとする点にある。ここで重要なのは、京都の庭に漂いがちな、仏教イメージの払拭。一方、洋風導入は、和と混交する限りは是。それこそが、今も引き継がれる、山県流日本風の思想である。
 要するに、茶の心をベースに、借景を取り入れ、日本流の“自然な風景”を作ればよいのである。

 それにしても、日本の現代の庭は、ここから一歩も出ていない。さっぱり、新しい思想が生まれないのである。

 小説に戻ろう。

 “源氏の孫君”は、『名庭百選』の著者が最後に示した、何処にあるのか誰も知らない庭が何ものかに気付く。

 その庭は“大きな寺の境内の中、人が訪れることもない打ち捨てられた目立たぬ場所、そういう場所に「ある」・・・”
 そして、“この小さな庭は無限に複雑な力によって無限の単純さを描出したものであり、・・・「これ以上は単純化できない」ほどの奇跡なのであって、自然のもつ完璧な内面美を類を見ない力で発散している・・”

 この小さなお庭が放つ輝きは、陸軍卿が追求した美とは無縁である。(5)

 京都は実に複雑なところである。

 --- 参照 ---
(1) ラースロー・クラスナホルカイ著 早稲田みか訳 「北は山、南は湖、西は道、東は川」 松籟社 2006年2月
  http://shoraisha.com/new/new_200602.html
  著者のサイト http://www.krasznahorkai.hu/
(2) http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20060508bk03.htm
(3) http://www.ueji.jp/index.html
(4) 尼崎博正編「植治の庭」 淡交社 1990年
(5) 南禅寺塔頭のお庭を見れば思想の変遷がよくわかる. 七代目小川治兵衛の作は光雲寺. 小堀遠州は金地院. 夢想国師は南禅院.


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