表紙 目次 | 2014.11.15 猪文化を考える [4:親猪社会]豚を忌み嫌う教徒が広範に存在する一方で、豚を愛する人々も少なくない。特筆すべきは、やはり北欧だろう。神話では猪は聖獣そのもの。 グリンブルスティ(豊饒男神のフレイの乗り物)、ヒルディスヴィーニ(フレイの妹、愛の女神フレイヤが所有)という猪が登場するそうだ。 セーフリームニルという猪も存在し、決して食い尽くされることなく肉を提供してくれるという。 そんな影響があるのか、ドイツには“Schwein haben”の慣習がある。一種のチャーム的な感覚なのだろう。 ただ、それが猪や豚を好意的に見ているということを意味していないかもしれない。 聖書並に読まれていると言われる「グリム童話[Kinder- und Hausmärchen, 1812]」の世界の猪/豚の話は楽しいものとは言い難いからだ。(メルヘン集とされているが、はたしてそれでよいのか、はなはだ疑問。)・・・ 「子どもたちが屠殺ごっことした話」(KHM 22-初版のみ)は、題名で想像がつくように、肉屋役、料理番役、豚役として遊ぶ話。もちろん実際に行う訳である。 「歌う骨」(KHM 28)にしても、大暴れする猪退治にでかけ、兄が成功した弟を殺して褒美をもらうが、骨がみつかって露見し、水死の罰をくらうという筋。 しかし、ブタの貯金箱があるように、現代の西欧ではどちらかといえば、好かれている動物と言えるのではなかろうか それに貢献したのがイタリア観光であるのは間違いなさそう。 【フィレンツェ-バロック期の彫像】 Fontana del Porcellino by Pietro Tacca (1577-1640)@Loggia del Mercato Nuovo 西欧、北米、豪州にはレプリカ像があり、人気があることがわかる。写真を見る限りイノシシ像だが、名前がウリ坊的なので、可愛いとなるのかも知れぬ。(もちろん、日本にも少なからずレプリカが存在しているが、Wiki英文リストには記載されていない。) と言っても、イタリア独自文化というよりは、ギリシア神話に依拠するところが大きそう。 ただ、そこでのイノシシのイメージは獰猛な動物そのもの。 古事記に登場する猪を彷彿させる姿だ。愛すべき対象ではないだろう。豚にしても、ホメロスは好意的には見ていない。 【ギリシア神話-1】 ヘーラクレースは、エリュマントス山に棲む獰猛なオスの大猪を生きて捕獲する。 【ギリシア神話-2】 アイトーリアのカリュドーン王オイネウスが生け贄を忘れたために女神アルテミスが怒り、猪を放った。猪退治のため全土から勇士が集まり仕留めることになる。 【ギリシア神話-3】 テーセウスがアテーナイに向かう途中で、クロミュオーンの農民を殺した、老女パイアに育てられた猪を退治する。 【ギリシア神話-4】 父親を愛してしまったミュラーは没薬の木に変えられてしまう。その木に猪がぶつかると美少年アドーニスが生まれる。アプロディーテーは恋してしまい、ペルセポネーに姿が見られぬように預けるが、見てしまったために恋敵になってしまう。アドーニスはアプロディーテーを好んだので、ペルセポネーはアプロディーテーの恋人である軍神アレースに告げ口。狩猟の最中に猪に化けてアドーニスを殺させる。 【ホメロス:「オデュッセイア」第10歌】 キルケーの住むアイアイエー島にたどり着いたオデュッセウスの部下たちは、キルケーの差し出す食べ物を食べて豚に変えられてしまう。 残念ながら、エジプト王朝やメソポタミアの状況はわからないので、次は、インドの宗教を見ておこう。 北欧神話のような助力する立場どは違い、世界創出の原点的な役割を積極的に果たしていることが特徴。 【ヒンドゥー教】 ヴィシュヌ神の第3化身「ヴァラーハ」は猪の姿をしている。その牙が水中から大地を救いだし、邪魔者を押さえつけたとされる。 ここまで重視されていれば、十二支のトリの位置に就くのは当たり前かも。 仏教では、そこまでの役割は果たすことはないようだ。神が抑え込んだ訳ではなく、乗り物として仕えている状況か。 【仏教】 摩利支天は陽炎の神。三面六臂の甲冑着装座像が渡来の基本形のようだ。猪に乗っているのが普通で、7頭立てだったりするという。中国では、もちろん「座下有金豕」である。猪の意味はなんなのだろうか。 まあ、自然に考えれば、猪は摩利支天の配下ということになろうか。いわば、猪八戒ということだろう。 【西遊記】 天竺に経典を取りに行く人物を探していた観音菩薩を、それと知らずに襲撃したヒト食い豚が改心。戒めを守る約束をし、取経者の弟子となり命名される。 今ではジャワ島はイスラム一色だが、ボロブドゥール遺跡があるから、そんなイノシシの話があってもよさそうな気もするのだが、残っているのは大分違ったものである。 【ジャワ神話】 呪術師が、Babi Ngepetという黒魔術で、豚[Babi]に変身させる。なんとも。 小生は拝観したことがないが、日本で有名な摩利支天像は以下の3ヶ所とか。干支にちなみ12年毎に参拝者で大混雑するのだと思われる。 建仁寺禅居庵(開運摩利支尊天堂) 妙宣山徳大寺@アメ横 宝泉寺@金沢 もっとも、阿吽の狛豕がいる護王神社が一番人気かも。 ただ、この猪は、方位に合わせて作られた話の可能性も。愛宕神社の亥もそうかも知れぬ。 【修験道】 火伏せに霊験あらたかとされる愛宕権現は勝軍地蔵でもあり、猪に乗った菩薩像。 しかし、猪を大切にしていることは間違いない訳で、不浄感は皆無だし、狼藉者として扱う姿勢も見られない。 そういえば、亥の月の亥の日の亥の刻に、亥の子餅を食べるという風習も残っている。800年代後半には、禁中行事として確立していたようだから、かなり古いしきたりである。その昔の猪肉での慣習を引き継いでいそう。(公式年中行事とは、年始、八朔、五節句、嘉定、亥猪。) 日本には聖獣という概念は無いようだが、猪と共に生きることへの深い愛着心というか、そのような世界を続けていこうとの決意が見える気がする。 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2014 RandDManagement.com |