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2015.1.3

原初琴を考えてみた

お正月だからという訳ではないが、琴をとりあげてみたい。
「琴」の歴史の説明は、わかったような、わからないような感じを受けるから。もっとも、小生だけそう感じるのかも知れぬが。

ご存知のように、"和"琴は日本独自の楽器とされるが、国字は作られていない。中国名称の「琴」(無琴柱楽器)を使うが、中国の分類では、「筝」(有柱:音程固定)である。実際、邦楽の世界では継続して筝と記載してきた。但しこの漢字の読みは「こと」。
ここだけ聞くと、混乱しているように見えるが、説明をよく読むと、どうということはない。弦楽器を「こと」と呼んでいるだけにすぎない。
蕎麦の世界で、「中華ソバ」と言うようなもの。結果、「日本ソバ」と言ったりする。中華ソバは中華蕎麦とは滅多に記載しないが、それも有りえよう。
つまり、こういうこと。
  (和)こと
  琴こと
  瑟こと
  筝こと
  琵琶こと
倭語の「こと」を漢字で表記するのに「琴」を選んだだけ。
こうした表記は中国でも同じようなもの。「五絃琴」とは琵琶を示していたりするのだから。

ここで"成程"と納得する人もいるのだろうが、小生は細かなところで色々ひっかかかる。

例えば、「こと」は「弦楽器(弓)」なのか、単なる「絃楽器(糸)」なのか?
どうでもよさそうな、些細な疑問だが、気になる。・・・弓が起源との根拠を説明してもらわないと。

ソウ。続いて、もう一つ。
筝も琴同様に「糸」だが、漢字の冠部首は、「琴」では「」だが、「筝」は「竹」である。そうなると、糸楽器ではなく、竹楽器ということになりはしないか?

そこら辺りを少々眺めてみたい。

日本には、平安期に始まったとされる「弦打の儀」がある。神事の際の魔除け儀式「寄絃(よつら)」が発祥と言われているようだ。誰が見ても「弦楽器」。それに、梓の木に糸を張っただけの鳴弦弓は「梓弓」と呼ばれており、これまた有名。古来からの風習に根差すものだろう。
しかし、古事記を見ればわかるが、日本の古来の琴は弓とは異なる流れで生まれている楽器と見なされているとしか思えない。
須佐男命の天詔琴を大国主命が弓と共に持ち出すが、木に触れて地鳴りするとされている。出雲大社にも無絃の琴板があり、柳撥で音を出すようで、弓とは異なるものと見るのが妥当のようだ。ともあれ、琴は神器なのであろう。
実際、筑紫香椎宮で、天皇の琴奏で建内宿禰が熊曽征伐の神命を乞い、皇皇后が神懸るシーンも。
それに、老朽化した高速船「枯野」を廃船と化し、焼塩材に活用。その燃え残りを使用した琴の音はよく響いたとの趣旨の話もある。これでピンとくる。
外洋での高速舟はオールで漕ぐ細身のアルトリガー舟だろうが、倭の場合は鴟尾型櫓で漕ぐ刳り貫き槽(フネ)を指しているのでは。しばしば発掘される、鴟尾付きの倭琴に繋げようとなれば、こう解釈したくなる訳である。

ところが、文献的には、倭琴は弓が発祥と見なさざるをえない。・・・
  神家ニて
  弓六張〆テ矢ノ根ニ掻とびのをごと
(鴟尾琴)あり。
  まことになん名付けて和國のしるしとする也。

  [後白河院:「梁塵秘抄口伝集」 巻第十四]
しかし、これは6弦。
遺跡木製出土品や古墳の弾琴像埴輪や琴埴輪は、4絃または5絃で、6絃のものは一切ない。しかも、中国型とは異質で頭部鴟尾型が結構多いし、絃の張り方が放射状になっていたりするから、独自性高きものであるのは間違いなさそう。中国もそれを認知していたのは間違いない。わざわざ楽器の存在を指摘するのだから。・・・
  楽有五絃琴笛
  [「隋書」@634年:倭国伝-魏徴-貞観一〇年]
孔子の時代に入ると7絃だが、それが決まっていた訳ではない。春秋期の発掘品に10絃もあるらしいし、中国古代の伯牙は五絃の名手とされているからだ。と言うことで、定説としては、古代の主流は5絃。ただ、早くに廃絶してしまった理由はわかっていない。

全体を整理するとこんな具合か。・・・
  【日本の弦楽器】
 古代倭琴---1絃穴4〜5絃 鴟尾型突起
  (有柱義爪使用タイプ)
 和琴---6絃 or 1絃追加 絃は手前から1〜6[弾手向配置]
 楽筝---13絃[太5中5細3],雅楽用 絃は手前から13〜1[聴取者向配置]
 俗筝---13絃筑紫筝曲用,13絃当道筝曲用,(宮城道雄低音拡張17+絃)
  (江戸期開発撥使用タイプ)
 須磨琴/一絃琴、八雲琴/ニ絃琴[同音複絃]---無柱
  (非琴類)
 琵琶(四絃曲頚)
 三味線---<琉球"撃絃楽器">三線から
    明楽で筝は簡素化し7絃.それをさらに進めたものか.
  【中国の糸/楽器】
  (無柱で徽印で音程を決め指で弾くタイプ)
 琴//[キン,ゴン]---古代5弦,周代以降7弦 頭部尾状突起欠如
  (有柱タイプ)
 瑟[ヒツ]---大きな琴;26.25弦 簡略型15弦
 箏[ソウ]---共鳴槽型13絃
 筑/秦箏---竹製胴5絃[後13絃] 竹棒で叩く打撃楽器 真の「筝」では.
  (他:絹糸以外も.)
 琵琶(直頚)---"押し&引く":詩に登場する"五絃"[印度型],3/4絃も.
  (四絃曲頚)---ペルシア移入タイプ
 阮咸---4弦フレット付[リュート的]
 竪箜篌[クゴ]---[アッシリア系]ハープ/竪琴型 5-25弦
  臥箜篌
  鳳首箜篌
 (𩊮)---馬尾
 二胡---馬毛弓

雅楽は、和楽、唐楽、高麗楽、新羅楽が併存しているので、"和"琴と朝鮮半島の絃楽器に繋がりがあるのか、ザックリと目を通しておこう。
 【高句麗こと】
「玄琴/玄鶴琴」は中国の「筑/秦箏」。6絃だが、3柱とチター型の3フレットという混交設計。「弾撥」楽器ではなく、「竹-糸」の打楽器という概念ではなかろうか。「竹匙」で絃を打つのだから。(中国では「竹」。)
「玄琴」は、和の「琴」とは全く異質なものである。
 【新羅こと】
「伽耶琴」は指撥で12絃。装飾形態として"羊耳"附き。正倉院納品にも入っている。
掛紐がついており、首から下げるように設計されており、和の「琴」に影響を与えるような形態ではない。
 【百済こと】
「百済琴」があるが、中国の「竪箜篌」とされる。ハープ型であり、メソポタミア文化の移入品と見るべきもの。基本は25絃である。名称が琴であるにすぎまい。

こうして眺めてみると、古代倭琴の独自性は明らか。
それが、突是にして、和琴に変わったのである。これまた、朝鮮半島の楽器とは無縁だし、大陸とも異なる。
してみると、古代倭琴の音程を踏襲しながら、大陸の古代5弦琴の楽器としての製造技術を導入したのが和琴と考えるのが自然では。
おそらく、国家としての体裁を整えつつある時期、古代倭琴が祭祀用具として不適ということになったのだろう。音も小さく、奏者が神を呼ぶだけでは、公的な大型祭祀には使いにくいし、「楽」としての演奏用具には向かないのは明らかだし。

想像するに、和琴の原点は、集約的水田農業を基盤とする「龍神」を呼ぶ祭祀用具だと思う。簡単に言えば、雨乞い神器。
6絃の共鳴箱の筝。重要なのは、龍形にすること。それは、鴟尾型突起の古代倭琴からの踏襲と考えてよいのでは。ピーヨロロと鳴くトビとの名称になっているが、それは龍の象徴だろう。
従って、龍体らしさを出すため、当初は、刳り貫き槽に上甲板だったと思われる。薄甲に底平板はその逆だが、それは簡略形。これが、その後、組み立て式共鳴箱になる訳である。高度な専門技術を持った職人の精密作業で製作されるようになったということ。当然ながら、使用シチュエーション別に各種の琴が作られたに違いない。
箱形にすると鴟尾型突起はつけられなくなるが、その代わり、各部に龍の名称がつけられ、思想は継承されることになる。
 【龍頭】龍額,龍舌,龍頬,龍眼,龍角,龍手
 【龍胴】龍甲,龍腹,龍
 【龍尾】雲角,龍帯,龍趾
 【龍爪】

和楽は、この龍琴と龍笛が基本。それに、演奏の指揮を行う鼓がつく訳である。

ちなみに、龍笛は竹管の横笛。歌口があり太い方を首、開管側を尾と呼ぶ。
ママの煤竹だけだと、湿気を吸い朽ち果てたり、乾燥して割れる。これを防ぐため、樺巻・漆塗加工を施す。巻糸や内部は生物らしき配色になるので、赤色となる。指孔は7つ。高麗笛は6つで、糸は緑色で考え方が違うことがわかる。神楽笛は6孔。
三管のなかでは、「舞い立ち昇る龍の鳴き声」を出す役割とされる。
これに対して、17本竹管のリード楽器である笙は、天からの音色。楽器の形が鳳凰に似ているということで、鳳笙と呼ばれている。
篳篥も葦製リード楽器。こちらは地の声を象徴する。

つまり、雅楽用楽器として、神がかり的な要素を含んでいるのが和琴ということになろう。

さて、ここで、琴が龍とされる点に注目して、もう少し想像で遊んでみよう。

龍を鰐と見なすと面白いことがわかる。東南アジアには「鰐琴」が広がっているからだ。
  孟[モン]族「鰐琴」/Mi Jaun/首箏
  インド「鰐琴」/Makar vina
  ミャンマー「鰐琴」/Magyaun
  タイ「鰐琴」/Chakhe
  カンボジア「鰐琴」/Takhe
ベトナムの琴Ðàn tranhは比較的新しい楽器のようなので、よくわからないが、ヒンドゥー系のChăm Pa王国出土品から鰐が尊崇の対象だった地域だから、おそらく同様だろう。尚、天竺-唐経由でその前身の林邑の楽器も渡来した筈だが大和朝廷は軽視したと見てよさそう。

何故、鰐かと言えば、天皇家祖先の母系は鰐族と古事記に記載されているから。・・・
天皇の称号、日本という国号を設定したとされる天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)勅撰の和語の書「古事記」を読めば、そう考えざるを得まい。
鰐族神器とは記載されてはいないが、すでに述べたように、スサノヲの天詔琴(出雲大社では「無絃琴板+柳枝撥」が継承されている.)は統治のシンボル的神器なのは明らか。その琴を入手した大国主命は因幡で鰐を騙した白兎を救っている。両者が結びつくとは限らないが。
ともあれ、死者の送りに用いていそうな禮器でもある。一方、建内宿禰の琴奏では、神の降臨を呼ぶ神器であることが示されている。琴に、なんらかの変遷があったことを示唆していそう。老朽化高速船の燃え残り材の琴の話から見て、もともとは海人が伝承してきた神器だと思われるが。

琴とはそのようなものだったのではないかと思うのは、インドの状況を知ったから。・・・
ヒンドゥー教ガンジス川/恒河女神「伐樓拿/Ganga」の乗り物は「摩伽羅/Makara」。[鰐]鰐魚+鯨魚+海豚のハイブリッド海獣形だが、象頭、孔雀尾、鹿角、猿目、豚耳などが加わることもあり、自由自在な表現がなされている。現行ヒンドゥー語ではクロコダイルはMagaramaccha。サンスクリット語では、graha、AlAsya、等、色々あるようだがもちろんmakaraもあたる。ガンジス川の鰐の場合は、kumbhIlaと呼ぶらしい。

このハイブリッド像がチベットに伝来し「海龍」となったようだ。それが大乗仏教経典に入って日本にやって来たのだろう。・・・ご存知、薬師経の十二神将には「宮毘羅」、大宝積経では薬叉大善神王、金光明経では諸神として「金毘羅」と記載されているのが、このkumbhIlaとされる。讃岐の金刀比羅宮のもともとのご祭神だ。

おわかりだろうか。
古代倭琴の鴟尾とは龍の尾。その龍とはトーテム鰐ベースのハイブリッドなシンボル。それこそが、日本の源流なのでは。
3種の神聖な楽器ということ。
 ○打物 鼓・・・鰐を動かす。
 ○吹物 龍笛
 ○弾物 龍琴
これらの楽奏で古代精神が蘇えってくる仕掛け。

中国の場合、龍信仰は継続しているといえば、その通りだが、原初の精神性は失われ、大衆演劇的歌舞音曲に変わっている。従って、琴の出番は無い。例えば、こんな具合に。・・・
 龍の声・・・喇叭
 雷の音・・・太鼓
 雨の音・・・皺鼓
 風の音・・・鑼
 信仰・・・・鉦

(参考) 新谷尚紀[國學院大學大学院教授 国立歴史民俗博物館名誉教]:「日本民俗学(伝承分析学・traditionology)からみる沖ノ島 ―日本古代の神祇祭祀の形成と展開― 」

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