表紙 目次 | 2015.12.11 詩経の山の樹木を眺めて国民の祝日「山の日」は8月11日。8月にも祝日をということでとってつけたような名目に聞こえる。一方、国際的なInternational Mountain Dayは12月11日。こちらは馴染み薄。山に対する思いも違うようだし。 そういう観点では、日本の「山」感覚は大陸とは相当違うかも知れない。神奈備山は丘のようなもので、大陸の渓谷から眺める山の風景とは似ても似つかぬもの。なにせ、吉野裕子説ではそれは蛇の象徴だし。 その一方で、道教の岩山的な仙岳思考も導入されている。ところが、木々が鬱蒼と茂る状態でこその山と考える信仰もあったりと、ゴチャ混ぜ。 どの辺りがどこから始まったか気になるところ。 そこで、詩経の山の特徴を除いてみることにした。歌謡のアンソロジーであるから、内容解釈は素人には無理なので、そこに登場する木々の特徴を眺めることで、それにあてることに。 まず最初は、いかにも武人的なものと、西方美人を思う舞踊歌謡の両方を入れた詩から。このうち後者は左右の手に用具を持つことになっていることがわかるが、興がのれば植物になるようだ。目的から考えて、両者は嘉樹木と見なされたに間違いあるまい。それにしては、信仰とはかなり遠そう。 ・・・山有榛,隰有苓, 云誰之思,西方美人,彼美人兮,西方之人兮。 [詩経-國風-邶-簡兮] 榛:はしばみ・・・古代堅果之王か? 苓:あまくさ/カンゾウ(甘草)・・・古代漢方之王か? 山と海とか河ではなく、山と湿地、つまり沢を対比的に扱っていたようである。神宿るといった雰囲気ではなく、もっぱら実用的価値を感謝しているように感じてしまうが、龍という文字が登場しているから、水辺には龍という感覚はすでにできあがっていたと見てよさそう。そうだとすれば、桑、蓮、松も特別扱いだった可能性もあろう。 「山有扶蘇」 詩経-國風-鄭 山有扶蘇,隰有荷華。不見子都,乃見狂且。 山有喬松,隰有游龍。不見子充,乃見狡童。 扶蘇:桑樹 荷華:蓮華 喬松:喬木の松 游龍=紅蓼:べにたで しかし、以下を眺めると、もっぱら実用的観点で選ばれている感じがする。 「山有樞」 詩経-國風-唐 山有樞,隰有榆。 子有衣裳,弗曳弗婁。 子有車馬,弗馳弗驅。 宛其死矣,他人是愉。 山有栲,隰有杻。 子有廷内,弗洒弗埽。 子有鐘鼓,弗鼓弗考。 宛其死矣,他人是保。 山有漆,隰有栗。 子有酒食,何不日鼓瑟? 且以喜樂,且以永日。 宛其死矣,他人入室。 樞[木+區]:はりにれ/アキニレ(秋楡) 榆[木+俞]:にれ/ハルニレ(春楡) 栲[木+考]:あふち=たく/コウゾ(楮) 杻[木+丑]:ねづみもち 漆=㯃[木+桼]:うるし 栗[木+西]:くり 上記の鄭國とか唐國とかは、洛陽の都近隣の国々。ここでの山はその辺りを東西に流れる黄河の南と北ということになろう。しかし、このアンソロジーの中心である周のもともとの本拠は西安のある陝西省渭水盆地。 そこでの「山」感覚がでみておく必要がありそう。 その渭水盆地だが、函谷関(東)-散関(西)-蕭関(北)-武関(南)が入口であり、北側はどうも、辛そうな境遇に耐えながら生きる場といった意味で使われていそう。 陟彼北山,言采其杞。 [詩経-小雅-谷風之什-北山] もっとも、比喩的ではあるが、南山も厳しさをイメージさせるもののようだ。 南山烈烈,飄風發發。 民莫不穀,我獨何害? 渭水盆地南には断層山脈の秦嶺(ほぼ2000〜3000m)が東西に走っている。最高峰は太白山(3767m)で、著名な山には終南山,玉泉山が含まれる。 そのイメージは高尚なもの。 如南山之壽,不騫不崩 [詩経-小雅-鹿鳴之什-天保] 特に、終南山は特別だったかも。 「終南」 詩経-國風-秦 終南何有,有條有梅。 君子至止,錦衣狐裘。顏如渥丹,其君也哉。 終南何有,有紀有堂。 君子至止,黻衣繍裳。佩玉將將,壽考不亡 條=条:ひさぎ(山楸) 梅:うめ 紀=杞:くこ 堂=棠:やまなし 斉国だと、その支配地域は黄河デルタ域だから南は山東半島で相当な違いがあろう。 南山崔崔,雄狐綏綏。 [詩経-國風-斉-南山] ただ、全般的に言えば、揚子江域の方が南山地域で、北山は黄河域ということではないかとも思うが。周の時代に、政治・軍事的に揚子江域まで視野が広がっていたと見なすのは無理があるのかも知れぬが。 ただ、そう思うのは次の詩が余りに印象的だからだ。 「南山有臺」 詩経-小雅-南有嘉魚之什 南山有臺,北山有莱。 樂只君子,邦家之基。樂只君子,萬壽無期。 南山有桑,北山有楊。 樂只君子,邦家之光。樂只君子,萬壽無疆。 南山有杞,北山有李。 樂只君子,民之父母。樂只君子,コ音不已。 南山有栲,北山有杻。 樂只君子,遐不眉壽。樂只君子,コ音是茂。 南山有枸,北山有楰。 樂只君子,遐不黄耇。樂只君子,保艾爾後。 ●世界の土台と蓬莱山イメージか? 薹[艸+臺]:すげ(菅)・・・蓑笠用 莱[艸+来]:あかざ(藜) ●絹織物と木編物 桑[木+叒]:くわ 楊[木+昜]:かはやなぎ(楊柳/川柳) ●豊穣食(多産) 杞[木+己]: 李[木+子]:すもも ●生活用品 栲[木+考]:あふち=たく/コウゾ⇒ごんずい 杻[木+丑]:ねづみもち⇒もちのき ●薬用 枸[木+句]:けんぽなし 楰[木+臾]:鼠梓/苦楸、鼠李、鼠黐 きささげ? (参考) 梓:あかめがしわ 枸:ひいらぎ(枸骨/支那枸杞/柊) 南北の対比と言うよりは、広大な中華帝国には素晴らしい樹木があるとの、讃歌ではないか。南北統合の決め手となる歌謡なのかも知れぬ。その目的からすれば、特定の靈木など決めない方が好都合な訳で。 (参照) 星野慎之輔:「応用植物論 : 附・詩経植物類考」女学雑誌社 1893 @NDL近代デジタルライブラリー 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2015 RandDManagement.com |