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■■■ "思いつき的"仏像論攷 2015.10.20 ■■■

習合の頂点たる弁財天

奈良を散歩していると、毘沙門天のお社にはあまり出会わないが、弁才天をお祀りした神社はそここに存在している感じがする、と以前書いた覚えがある。その感覚おわかりだろうか。

東京だと、弁天様をお祀りしているお社といえば、琵琶湖の竹生島の見立てと言われている、上野公園不忍の池の真ん中がよく知られている。他にも、池の周囲で見かけることが多い。井の頭公園の池にもあるし、洗足池だと厳島神社から来たという祠がある。亀戸天神のような比較的大きな神社だと、池辺には必ずといってよいほど弁天社が祀られている。
ただ、浮世絵で知られる有名な場所は江の島の洞窟。観光地鎌倉でも、池ではなく湧き水の洞の銭洗弁天だ。
もちろん、巷にも。どのような場所なのか確認したことはないが、七福神巡りが設定されているからだ。
このように書くと、結構、そこここに存在する印象を与えてしまうかも知れぬが、東京の街中を歩いているだけで、弁天様の存在にに気付かされたことはない。寺社は少なくないのだが。

ところが、奈良だと、違う。
川や池のほとりでもないのに、散歩していると、突然、赤提灯がぶる下がるお社に出くわしたりする。弁天信仰の地なのだ。

ちなみに、京都で調べて見ると、1600年頃建立された辨財天長建寺(島の弁天さん)が知られていることがわかる。だが、御本尊が弁財天という寺はここしかないとのこと。秀吉のお膝元伏見にあり、中書島遊廓の信仰を集めていた模様。歌舞音曲の神ということか。
その点では江戸でも同じだったようだ。吉原遊郭内には弁天が祀られ、花園池があったという。その頃は、「ちょっと、弁天さんを拝みに」とは遊郭行を意味していた訳である。
奈良とはえらく環境が違う訳だ。

その奈良だが、なかでも驚かされるのは興福寺の窪弁財天。[→弁才天供三重塔@興福寺]
なんと、猿沢の池とは無縁な、南円堂西側の奥まった場所にある三重の塔に祀られている。
仏像は廃仏毀釈時に、塔頭の世尊院から避難してきたようだが、その由緒は弘法大師勧請とのこと。南円堂建立にあたり大師が吉野の天川の弁財天に参詣したからとされる。もともと、南円堂側にあったに違いないから、とりあえず三重塔内に安置となったのであろう。
これ以外に、南都7弁天勧請も行われたそうだから、奈良の弁天信仰はその辺りが由縁なのであろう。(特別ご開帳の法要が7月7日に行われるのは、その7に絡むのだろうか。織女の日だから、女神ということでの代替役というだけかも知れぬが。)

興福寺は綺羅星の如くに多くの仏像を所蔵しているので、江戸時代初期の作なので、とんと注目されないのは致し方ないが、特異な像だから関心を集めてもよさそうなもの。仏像は確かに新しいが、信仰自体は、空海から途切れずに続いているのだから。さすれば、像の形式が変更されることもまずあるまい。歴史を知る上では重要な仏像だと思うが。

その仏像の特徴をまとめておこう。
金光明経の時代の弁天像の典型とされる東大寺の像と同じ8臂。(持物は宝珠+剣、金剛弓+金剛矢(箭)、三叉戟+鍵、法輪+法棒[長杵]・・・東大寺像の持物は失われているのでなんとも言えぬが、鍵はいかにも「財」の象徴。これが「才」だと斧+羂索になるようだ。)
15童子がお側に。

この辺りは、成程、という感じだが、気になるのは、名前に「窪」と付いている点。特別な弁天様なのである。と言うか、普段見る弁天像とは、恐ろしく違う。なにせ、頭上に鳥居が立っているのだ。この違和感尋常ではない。廃仏毀釈で仏像打ちこわしを避けるために、頭に鳥居を載せたのかと思ったがそういうことではないという。
そこには翁頭蛇身の宇賀神が鎮座しているのである。このご神体も異様。ヒトと動物とのキメラ体像は日本ではほとんど見かけないが、宇賀神だけは例外。しかも渡来でなく、日本の独自信仰とされているのだかた驚き。穀物の神[倉稲魂 or 宇迦之御魂]と見なすらしいが、本当かネ。小生は、音が似ているだけで違うのではないかという気がするのだが。
尚、蛇と言ってもコブラではないから、ヒンドゥー系信仰ではなさそうだが、仏教の天竜八部には護法善神"偉大なるニシキヘビ神"(人身蛇首)「摩羅伽(マホーラガ)」が存在しているから、その辺りではないかと見たくなる訳。
日本固有とされているのは、吉野の天川は、蛇信仰の拠点だったせいらしい。その開基は役行者との説もあるようだ。・・・印象としては、ナンダカネ〜。

名前は弁天だが、東大寺の像の「仏」と似ているとは言い難く、全く別の信仰と見るべきだろう。

それにしても、移り変わりの激しい信仰である。以下のような流れ。

 <発祥>
もともとは、河の神だったとか。[理由わからず。]
 恒河女神/ガンガーは全く別だと思うが。
 (突如消滅した河川[インダス文明}があったのかも。)
 <ヒンドゥー教>[→印度教の見方]
論理上最高神の梵天(ブラフマー)の妃(サラスヴァティー)
 (持物:本,数珠,縄,琵琶)
 <持物信仰>
学問・智慧・音楽を司どる女神に。
 <金光明経(国家鎮護経典)>
四天王、吉祥天と一緒に祀られる弁才天。
 (武器を持つ8臂姿) 以後吉祥天と混同される。
 <大日経(密教基本経典)>
妙音天と称される。
 (琵琶を持つ2臂姿)
 <日本の山岳宗教>
宇賀神(蛇神)との習合。
 <宗像神(玄界灘の航海神)>
厳島神社系(大願寺)では市杵島姫命と習合。
 (八臂)
 <町衆民俗信仰>
才を財と解釈替えし、財宝のご利益ありとなる。
 <七難七福信仰>
七福神として渡来神扱いに。

こんなことになるのは、人々に大いに好かれたという証左でもあろう。
しかし、このお蔭で、琵琶が流行ったとも思えないし、技芸に秀でたい人が増えたこともなさそう。なんとなく不思議感がただよう仏像である。

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