■■■ 「說文解字」 卷一 を眺める[10] ■■■
残存「詩経」はほぼテキスト化ができてはいるものの、ママ一本で伝承されて来たとは思えない。

詩歌という性格を考えると、色々と手を加えられ、場の雰囲気を考慮にいれてアドリブを加えて口誦され、それが喝采を浴びれば、その後内容が変わってもおかしくないだろうし。それに、読んで刺激を受け、改作的創作をしたりするのも常だった筈。科挙受験者は、そうした詩の添削を受けることで訓練を積んだだろうから、原作の文字が変化してしまうことは珍しいこととは思えない。
従って、伝承詩吟詠に当たっては、その時点の美意識によって、同じ発声の文字への代替は頻繁に行われていた可能性は高かろう。

「說文解字」と、テキストのどちらが元に近いかは個別の問題ということでは。ともあれ、巻一で見る限り、異なる原典に依拠している様には思えない。

重畳パターンで書かれている句をかなりの数選定しているが、これは文字の持つイメージの豊富化に寄与していそう。
倭人の表現で云えばオノマトペにあたる手法であり、古層の精神から発生している言葉と思われる。

𥛱祝祭于𥛱 ⇒祊
 ⇒伯 ⇒禱
玉之瑱兮
新臺有玼 ⇒泚
瑟彼玉瓚
鞗革有瑲 ⇒斯皇
瓜瓞 ⇒緜緜瓜瓞 or 練嶺ト萋
報之以瓊琚
充耳璓瑩
貽我佩玖
報之以瓊瑤
副筓六珈
女也不爽 士貳其行
墫墫舞我 ⇒蹲蹲
安得藼艸? ⇒焉得諼草
芄蘭之枝 ⇒支
中谷有蓷
莫莫葛藟 ⇒緜緜
蔦與女蘿
牆有薺 ⇒牆有茨
食野之芩
𧅖邛有旨𧅖 ⇒邛有旨苕
四月秀葽聲 ⇒言
顔如蕣華
彼梼メ葭
彼薾惟何? ⇒維
練嶺ト萋
黍稷薿薿
芃芃黍苗
𦵦𦵦𦵦山川 ⇒滌滌

左右芼之
十月隕蘀
𦾵葛纍𦾵之 ⇒葛藟纍(縈)之
至于蔥野 ⇒艽
食鬱及蒮 ⇒薁
于以采薻? ⇒蘋
菉竹猗猗 ⇒緑
言采其藚
𦯆言采其𦯆 ⇒芹 蓫 or

一丄示三王玉玨气士h屮艸蓐茻 

├───⇒巻十三





├┬┬┐
│││
││││
│││※↓
│││
││
│││
││



   ※
┌──┘
h
├───⇒巻二



├┐


     

 (C) 2024 RandDManagement.com  →HOME