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2000.8.26
 
 


日本語ワープロの衰退…

 70年代遅くに東芝が初めて日本語ワープロを上市した。今から見れば考えられないような大きな筐体だが、仮名漢字変換ができる画期的なものだった。高価だが、垂涎ものだった。これが、急速に廉価化が進み、80年に爆発的な勢いで市場に浸透した。

 日本事務機械工業会のデータによれば、この市場は91年がピークだ。その後驚く程速く衰退した。一大ブランドを構築した東芝でさえ、撤退を決断するほどに、市場は縮退したのである。

 いうまでもなく、パソコンのワープロソフトに顧客を奪われたためである。特に、E−メール添付ファイルが進んだのが致命傷になった。

 しかし、こうなることは、前からある程度は予想されていた。ワープロ用ファイルには機器間の相互互換性が無かったからだ。このままでは業界が衰微するという意見もあった。しかし、各社とも、使い易く安価な機器開発に勤しみ、ファイル標準化の主張には耳を貸そうとはなかった。
 ---という話しをすると、「たとえ、ワープロのファイルを標準化していたとしても、結果は同じこと」と語る人が多い。本当だろうか。

 例えば、ホームページのhttpフォーマットの増補版で統一し、スタイルシートを詳細に記述するような仕組みを作っていたらどうなっていただろう。www標準化にも一石を投じ、httpメールを主流に押し上げていたかもしれない。ホームページ作成が簡単にできる機器として、一世を風靡していた可能性さえある。
 もしも、こうしたフォーマットを使って、早くからワープロ用ファイルの標準化に成功していたら、ワープロは今とは違う道筋をたどったのではないだろうか。少なくとも、どん底状態の衰退は避けられたのではなかろうか。


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