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2003.11.17
 
 


電子書籍規格の戦い (6:HighWireの意味)…

 電子書籍化に及び腰の出版社と、個人出版の動きの対立を生みそうな規格がT-Timeであることを述べた。
  → 5:T-Timeの苦闘

 といっても、それは理屈であって、現実に対立が発生するほどの力がある訳ではない。  電子書籍化に熱心な「e−NOVELS」の著者を見れば、そこにはメジャーな人は極く僅かだ。これでは、経営も相当大変だと思う。新進気鋭の人達の著作が人気を呼べば、大きく変わる可能性もあるが、現段階で読者を惹きつけるサイトになっているとは思えない。
 パソコンで読む仕組みは、普及が相当難しいといえそうだ。

 それでは、電子書籍普及はずっと先、と考えるべきだろうか。

 この答えが難しいのである。もちろん、読取機械の問題もあるが、読む対象によって状況は大きく違うからである。
 例えば「新潮文庫の100冊」は、紙の文庫が売れている。読者にとっては、パソコンで無料で読むより、ポケットに入る文庫本のほうが嬉しいのだ。
 従って、こうした読書環境に応える機器を提供すれば電子書籍化できる、というのが出版業界の発想と思われる。一理ある。

 しかし、書籍は新潮文庫だけではない。
 この分野から電子書籍化が始まるという根拠は薄弱である。と言うことは、売れ行きが落ちているから、電子機器が登場すれば少しは活性化するのではないか、という動きかもしれない。その程度の試みなら、奏効しないだろう。読者の琴線に触れる提案でなければ、普及するとは思えないのだ。

 そう発言すると、電子書籍化を否定的に見ていると誤解する人が多い。
 実は、逆である。

 電子書籍化は進んでいないのではない。着々と進んでいるのである。
 この感覚が、日本の出版界には希薄だと思う。日本は極めて遅れている。

 電子書籍を「本」に限るから、市場が開けないのである。市場が開いたのは雑誌である。といっても、市場が開けたのは大衆誌ではなく、学術専門誌(医学/生物学/物理学/社会科学)の方である。
 この雑誌が電子書籍化の要石なのだ。

 Stanford University LibrariesのHighWire Pressサイトを見るとわかるが、すでに膨大な数の専門誌がウエブ販売されている。雑誌ではあるが、ここでは電子書籍はすでに現実化している。
  (http://highwire.stanford.edu/)

 当たり前だが、学術紙は、隅々まですべての論文を読むより、自分の興味ある論文を早く読みたいと考える人が多い。紙の雑誌は無駄と考えている人も増えている。しかも重要なのは、参照論文サービスである。すぐに、関連論文を読みたい人は多いのだ。このニーズに正面から応えたのが電子雑誌サービスである。流行るのが当然だ。
 従ってウエブ閲覧が基本だが、読みたければPDFファイルでダウンロードすることもできる。

 このことから、PDFファイルが標準規格だ見勝ちだが、そうとは言い難い。
 一度、HighWireのウエブ画面で読めばすぐにわかるが、PDFでは面倒で読む気になれなくなる。どう見ても、PDFファイルは書類印刷用の規格であり、標準ビューワーはHighWireの画面の方だ。

 ここから電子雑誌の規格における、重要なポイントが見えてくる。

 学術誌は、紙と電子ファイルを同時に出版せざるを得ない。と言うことは、生原稿の電子ファイルから、電子印刷に繋がるプロセスと、ウエブ閲覧雑誌画面作成プロセスが連動することになる。
 連動しなければ、二度手間になるから実用性が薄い。つまり、閲覧ビューワー規格には紙の印刷規格との適合性が要求されることになる。
 ということは、閲覧ビューワー規格は印刷業界が納得するようなものでない限りメジャーになれないと言えそうだ。


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