トップ頁へ>>>
魚の話  2005年7月29日
「魚」の目次へ>>>
 


たこの話…

  蛸壺や はかなき夢を 夏の月 芭蕉

 「たこ」という名前は、おそらく、多肢からきた言葉だ。
 しかし、魚でも貝でもないから、漢字を作るのは難しい。一応「蛸」という漢字が使われているが、虫偏であり、違和感を覚える。貝類と同じ扱いになっているからだ。
 おそらく、足が多いという点で、たまたま転用していた漢字が定着してしまったのではないかと思う。

 それはともかく、日本人ほど蛸を大食する民族はいないようだ。
 昔からの食習慣のようだ。
 なかでも、佐渡は造詣が深そうである。

 と言うのは、マダコ以外に、次のような特別な名前をつけているからだ。(1)
 ・21Kgもの重さがある「イチバンダコ」
 ・2Kg以下で岩場に来る「オバナダコ」
 ・砂地に来る小さな「クマダコ」
 もっとも、蛸の種類は多いそうで、食用にしているのが、普通に見かけるマダコと、北海道で獲れる身が水っぽくて柔らかいミズダコ、大型のヤナギダコといったところらしい。
 これに、卵がぎっしり詰まっている(2月〜5月)イイダコが加わる訳だ。

 いかに蛸が身近なものかは、佐渡(相川町)に伝わる“蛸の配り帳”という民話の存在が物語る。手の長さが1間半もある大ダコが馬を乗り廻しており、これを獲って配ったが、坂下街の領分を越えたという。配った家々の名を記帳した、との話である。(2)
 おそらく、しょっちゅう蛸を食べる地域だ。

 とはいえ、佐渡に限らず、日本人は驚くほど沢山食べるから、現実に店に出回る蛸は、吸盤のなかが真っ白な海外産(モロッコ、カナリヤ諸島、モーリタニア等)ばかりである。

 このため、秋から冬にかけてのマダコの旬の楽しみがなくなってしまった。

 もっとも、昔から秋に蛸という風習は続いているようだ。京都では「十夜蛸」という言葉が生きているからである。

 この行事は、天台宗の寺院 真如堂(真正極楽寺)で毎年執り行われている。秘仏阿弥陀如来像が公開され、10昼夜、引声念仏が続く。最終日の11月15日は「十夜蛸」と言われ、無病息災を願う蛸の甘露煮を売る露天がでる。
 「この世において十日十夜、善いことをすれば、仏の国で千年の善をなすよりもすぐれている」との浄土教無量寿経に基づく法要だが、ご本尊を作った慈覚大師円仁が引声念仏を日本で教えたのが発端となっているそうだ。(3)

 もっとも、正式に振る舞われるのはお供えされた小豆を使う十夜粥で、これと蛸がどうつながったのか、判然としないが。

 --- 参照 ---
(1) 川崎洋「魚の名前」いそっぷ社2004年12月
(2) 藤澤衛彦編著「日本傳説叢書 佐渡の巻」大正7年[復刻版 すばる書房 1978年]
(3) 塔頭 吉祥院副住職著 “十夜の解説”http://kusyami.cool.ne.jp/gyozi/gyozi_index.html
 

 「魚」の目次へ>>>     トップ頁へ>>>
 
    (C) 1999-2005 RandDManagement.com