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魚の話  2006年3月10日
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すずきの話…

 鱸獲る 海人の灯火 よそにだに 見ぬ人ゆゑに 恋ふるこの頃  万葉集所収(1)

 “背白身魚の代表格として、冬のヒラメ、春のマダイ、夏のスズキが誉れ高い”(2)そうだ。しかし、誉という点では、スズキが一番かもしれない。

 冒頭の歌はスズキ釣りを題材にしているようだ。入れ墨をした人達が、潜水して魚を獲っていた「魏志倭人伝」の時代から、技術は相当進歩しているたようである。
 もっとも、古事記では、国譲りの項で、延縄漁法が登場している。漁法は結構高度だったのである。

 一寸、古事記の原文で見てみよう。

 大国主神は、天照系に対して最後のお願いをする。中つ国は大神の子孫にさしあげるが、ただ一つ、自分の社として、大空の神の御殿のような、立派なものが欲しいといるのだ。そして、この先、代々の忠誠を誓い、その場で死んでしまう。
 建御雷神は、その願いに応えて、さっそく、出雲国の多芸志という名前の浜に、社殿を建てて、望みの通り祀る。
[於出雲国多芸志之小濱 造天之御舎而。]

 お供え物を司る料理人には櫛八玉神が任命される。
[櫛八玉神 為膳夫 献天御饗之時?白而。]

 その櫛八玉神は、素晴らしいご馳走をいつもお供えするのだ、と建御雷神に語る。
 そこで登場するのがスズキである。

 1,000ヒロもある延縄で、漁師が、口が大きく、尾鰭が張っているスズキを、“ざわざわ”と音をたてて釣り上げるというのだ。
[千尋縄打延 為釣海人之 口大之尾翼鱸(訓鱸云須受岐) 佐和佐和邇(此五字以音)。]
[献天之眞魚也。](3)

 “ざわざわ”という表現がなされているところを見ると、この漁法は勇壮なものだろう。現代なら、ザバーン、ザバーンと大物を釣り上げるシーンといったところか。

 このことは、スズキは、出雲系正統日本料理の中心的食材だったと思われる。

 スズキといえば、洋風なら香草オーブン焼、中華風なら蒸して生姜醤油といったイメージが強いが、和風も重視したいものだ。
 といって、塩焼きでは、どうも芸がない。

 そうなると、やはり膾だろう。もとは、中国だろうが、日本の正統料理は膾ではないだろうか。
 膾と言っても、別に難しい料理ではない。(4)
 3枚におろしてから、そぎ切りにして、氷にのせ、流水で洗うだけのこと。軽く脂を落とす程度で、洗いすぎなければ、美味しい。

 もっとも、いくら美味しいといっても、スズキが大きいと食べきれずに残ってしまう。
 そんな時は、醤油づけにして、茶漬けにすればよい。

 3枚におろす技法を身に着けると、スズキが黙っていてもやってくる仕組みをつくることも可能である。
 単純に言えば、海でのルアー釣りに凝っている友人を作るというだけの話。時として、とんでもない幸運に恵まれ大漁となる。大量に消費できないから、魚の引き取り手は大歓迎なのである。

 旬でもないのに、スズキの話をしてしまったのは、ここに原因がある。

 釣り人が活発になる一寸前の今頃を逃してはいけない。
 釣り人に、スズキ好きであることを匂わせておくだけでよい。今なら、頭に残る。
 これが、後になって効いてくる。

 --- 参照 ---
(1) 訓読万葉集[2744] http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/manyok/manyok15.html
(2) http://www.shunmaga.jp/zukan/gyokairui/suzuki/suzuki.htm
(3) http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BIImgFrame.cgi?JP_NUM=40013169&VOL_NUM=00001&KOMA=56&ITYPE=0
(4) 浜田ひろみ著「日本人の食卓 おかず2001」NHK出版 1998年
  ご先祖様の知恵が一杯つまった21世紀に伝えたい日本のおかず2001品を収めた料理読本.


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