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魚の話  2008年11月28日
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あまもの話…


   陽が当たり 仔魚群れて 甘藻揺れ

 珊瑚礁は人気があるが、お隣のアマモ場は不人気。
 砂浜で遊ぶ人達もアマモを嫌う。
 葉先が崩れていて、汚らしいからかも。


 アマモは、漢字では「甘藻」だが、海藻ではなく海草。今や、環境保護運動(1)の焦点となっている植物ということもあるのか、このことは結構知られている。
 議員立法で作られた「自然再生推進法」(2)に基づく運動の一環だと思うが、漁業者、企業を巻き込み、NPO主体で、アマモ場を人工的に作ろうという動きが全国で始まっており、軌道にのっているようだ。(3)このため、「里海」造りとのスローガンをよく耳にするようになった。

 ・・・「里海」運動の心情はわかるが、他の道もありそうに思う、というのが正直な感想である。
 なんの勉強もしていない、素人の見解だから、現状認識が間違っていたり、的を外した見方かもしれぬが、「里海」を進めていると海の環境が改善されるのか、気になるということ。

 そこで、その気になることを、簡単に書いてみた。

 素人から見れば、草本植物は、生育に適した環境にしか生えないモノ。従って、条件が変わると、あっという間に消えてしまう。これを元に戻そうとしても、なかなかできるものではない。
 しかし、たまたま環境条件が元に戻ったりすると、どこから来たのか、突然登場してきたりして驚かされる。どこからか種がやってくるのだ。
 逆に、それなりの環境が戻ったと思って移植しても、根付かないことは多い。どんな条件が必要なのか完璧にわかっている訳ではないからだ。

 これが前段話。
 これを踏まえて、次は、里山を考えてみよう。
 里山とは、様々な植物が生育できるように、知恵を生かして、人手をかけて環境を維持している地域。都会で育った人間にとっては心地よい場所だが、農地と役割が違うだけで、「人工」的に作り上げたもの。
 従って、里山を復活したければできないことはない。ここがポイント。
 ご存知のように、すでに荒れ放題の農地が目立つようになってきた。この状態で、それより金銭的メリットが少ない里山を保つことが実践的な道なのだろうか。一番の問題はココ。
 以前、京都で教えてもらったことがあるが、松茸が採れるようにしようと、林に僅かに陽が入るように手入れすると、途端に採算割れしてしまうそうだ。確かに、人手を加えれば、環境を整えることは可能だが、それにはただならない費用が必要なのである。

 里山造りでこの難しさ。
 これが海となれは、人手で簡単に環境条件を変えることさえできない。
 里海造りとは、極めて高度な挑戦ということ。
 そんなことをするしかないのだろうか、と思わず考え込んでしまう。

 例えば、成果を期待するなら、アマモ場再生でなく、干潟再生に全力投球する方がよいのではないか。干潟が再生できれば、全体の状況はかなり改善できるのでは。
 そう思うのは、干潟に生物が溢れれば、それは、海水の酸素濃度が高まっていることを意味するからだ。そうなれば、浅海の生物全体の生命力を高めることに繋がってくるかも。
 そして、この場合、忘れてはならないのは、野鳥に餌をやらぬこと。糞を増やし状況を悪化させる行為を抑えることは極めて重要ではないか。しかし、渡り鳥の保護は美談だから、難しいかも。ついでに言えば、傷ついた鳥を保護して返す活動も疑問。希少種は別だが、手を加えて返すことは、ヒトを介した鳥へのウイルス感染リスクを増やしかねないからだ。ただならぬリベンジが返ってこないとも限らないのだ。
 やるべきことは、野鳥の屍骸、ゴミ、異物の類の除去だろう。再生を急ぎたいなら、環形動物の養殖は効果が高いかも。
 まあ、そんなことは専門家がご存知だろう。

 その次は、湾内の窪地潰しを進めるべきだと思う。こればかりは、海底を機械的に均すか、砂で穴を埋めるしかなかろう。これができない限り、この穴から発生する汚染物質で植物はいつかやられる。

 そして、言うまでもないが、海の汚染防止と、過度な栄養分の流入を抑える策を続けることだ。これが大前提。

 折角だから、こう考えた理由がわかるように、アマモの生態を簡単に描いておこう。と言っても、調べた訳ではなく、陸上植物のアナロジーで、素人が想像したもの。そのまま信用されてはこまるが、まあ当たらずしも遠からずでは。
 どだい、アマモなど珍しいものではなかった。東京に住んでいた人なら、富津辺りで小船で海に出た時、地元の人からどんな植物か教えてもらった覚えがあろう。忘却のかなたかも知れぬが。
  ・根が張れる硬い土壌の上で育つ。
  ・葉は根元から育つので、表面は砂地様で清流が流れる必要がある。
  ・砂泥には適度な栄養成分(窒素、燐、カリ、等)が必要である。
  ・光合成のための強い光が必要で、海水の透明性は必須条件である。
  ・光が弱くなる深さでは生きていけない。
  ・干潮時に元からなぎ倒されない適度な深さが必要である。
  ・葉は上部から消失していくので、ある程度の流れが必要である。
  ・藻の付着速度より、葉を速く成長させないと表面を覆われてしまい枯れる。
  ・波当たりが強いと、地下茎が耐えられない。
  ・強い潮流に晒されると消滅し、別なところで繁殖する。
  ・流出油が葉の表面に付着すると衰弱する。
  ・非分解ゴミが絡むと、葉は傷つき腐る。
  ・環境に合わせ、細々とした変種がある。

 こうして書いていて、アマモ君が生きていくのは大変だと、つくづく思う。

 内海や湾内の遠浅海岸だったところは、たいがいが埋め立て地。そして、港では深度を増す浚渫工事。しかも、岸辺はコンクリート護岸だらけ。
 浅海の砂地面積が減っている上、潮流が厳しくなっているのだから、アマモ適地は希少化していると見てよいだろう。
 しかも、その希少地をアマモが使えるとは限らない。アマモ繁殖を嫌う事業者が存在するからだ。
 エンタテインメント用砂浜を大事にしたければ近辺の無植物化を進めるだろうし、モノカルチャー型養殖(海苔、浅蜊)漁業者にとってはアマモは取り除くべき雑草でしかなかろう。
 事業の存立基盤を揺るがしかねないのだから、アマモ繁殖を容認するとは思えまい。
 こんなことを考えると、先の見方になってくるのだが。

 ともかく、長期的見地から、海草が育つ環境になるよう、海を綺麗にし方がよさそうに思うのだが。これなら、漁業者も喜んで手を貸すのでは。例えば、以下のようなもの。
  ・赤潮対策(植物プランクトンの異常繁殖)
    先ずは、栄養分を減らすための下水処理の徹底化だろう。
    ただ、農地からの排水が多い場所は諦めるしかないかも。
  ・青潮対策(プランクトン屍骸腐食物質大量流入)
    溜まりそうな海底の窪地をなくすことから。
  ・有機汚泥対策
    赤潮等の沈降物回収技術を確立する必要があろう。
    沈降物は分解され、ガスと沈着固体になるのだろうか。
  ・養殖健全化(物質の海中散布)
    管理強化しかあるまい。
  ・船舶からの汚物/油流失厳罰化

 要するに、言いたいことは一つだけ。
 海の富栄養化を防ぐためには、ヒトが知恵を出し、働けということ。
 内海湾の環境再生を、生物に頼ろうとするのは無理筋だと思う。現在の海は、そのキャパシティを越えてしまったと考えているから。
 アマモ君に環境再生の重い任務を負わせるのは余りに酷ではないか。

 --- 参照 ---
(1) 全国アマモサミット2008 [12月5〜7日]  http://www.meic.go.jp/amamo2008/info/A-summit_2008_flier_A4_final_s.pdf
(2) 自然再生推進法  http://www.env.go.jp/nature/saisei/law-saisei/
(3) 「アマモ類の自然再生ガイドライン」 水産庁・マリノフォーラム21
   http://www.mf21.or.jp/amamo/guideline.pdf
(Zostera noltiiの絵) [Wikipedia] Prof. Dr. Otto Wilhelm 1885年
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Illustration_Zostera_noltii0.jpg


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