表紙 目次 | 魚の話 2018年1月23日 さびはぜ の話■ 侘び寂に どっぷり浸かる 錆びた魚日本列島固有種がハゼの出自を語ってくれる。 小生は図鑑をボッ〜と眺めるのは好きだが、分類の観点での細々とした解説は余り読まない。暗記がからきし苦手なせいもあるが、たいていは写真を観るだけでなんとなくグループが想定できるからである。 ただ、そんな状況も変わり始めた。"分類"を読むことの方が面白かったりする分野が増えてきたからである。 典型は哺乳類の"ローラシア"獣類なる概念の導入。もともと、オーストラリアや南米に棲息する哺乳類には特殊な動物が多いことは、誰でも知っていたこと。従って、それは当然の分類感覚。 そんな当たり前の見方が始まったのである。 ようやくにして、ダーウインやリンネの時代のように、自由な見方ができるようになったのは嬉しい限り。 膨大な種類の寄せ集めである"ハゼ"の分類についても同じことがいえよう。 もっとも、陸とは違い、海は繋がっているから同じようには進展しないだろうが。 ともあれ、これから、大きく変わっていくことを期待したい。 ハゼがわかりにくい一番の原因は、江戸棲息のヒト属なら誰でも想いうかべるハゼを、"真鯊"と呼ぶことにある。東京に於ける食の世界では、ごく自然な命名と言えるが、ハゼの仲間全体でみるとこれが厄介このうえなし。 真[True]のハゼとされるのは、"Gobiinae[ハゼ亜科]"と解説されているからだ。驚くことに、"真鯊"はこのグループには所属しておらず、別の"Gobionellinae[ゴビオネルス亜科}"なのだ。それでは、この2ッのグループはどこがどう違うのか気になるのだが、素人がそこらの解説を読んでもさっぱり要領を得ない。 両者の概念がさっぱりわからないのである。政治家がいうところの、総合的判断で決定したということなのであろうか。 しかも、この亜科には数々の属が含まれており、属によっては極めて多くの種が含まれている。種と言っても、変種も少なくない上に、明らかに別種としか思えないが未確定であるものも数多く存在。今後、さらに増えていく状況にあるそうだ。とてつもない数であるから、当然ながら、属の組換えも頻繁に発生する。 要するに、他の生物同様の階層構造で扱うと、記述の粒度が全く揃わないのである。換言すれば、進化の真っ最中ということかも。 前置きが長くなったが、この"ゴビオネルス亜科"の出自を感じさせる種をとりあげようという嗜好。もちろん素人発想での話。 相模湾で同定された、何の変哲もない名前がつけられた種である。・・・ 錆鯊 東京湾でも沖釣りであがってくるので、内湾の砂泥底棲と目されている。わざわざ釣る魚ではないものの、余り外道とは呼ばれない。小魚なので、小骨を気にせずにすみ、丸ごと揚げるとツマミに便利なので大いに喜ばれるからだ。但し、一般には食用と見なされていない。(道具に凝った真鯊釣りの場合は、面子もあるから外道扱い。) かなり北方でも見つかるようだし、南は九州でも。 これだけでは、フ〜ンだ。ポイントは、日本列島東の沿岸での冬季。 温帯と言っても、夏は熱帯夜だが、冬になれば雪に見舞われることさえあり、結構低温に晒されるのである。海岸だと風もあって身震いする寒さ。そんなことで、海中だから暖かいという訳でもあるまい。従って、土着タイプの元気な魚はそうそういない。そこで、錆鯊の出番となる。他の魚が精気を失った時にこそ、溌剌として動き回ろうという、なかなかできた魚なのだ。 要するに、黒潮北端辺の内湾棲息を旨とする種なのである。 相模湾というより、伊豆半島あたりの砂底に沢山棲んでいる魚と言った方が当たっていそう。 くどいが、真のハゼの"ハゼ亜科"には真鯊は所属しない。そこは鬚鯊等の一族郎党。錆鯊も真鯊は、傍流たる"ゴビオネルス亜科"所属なのだ。 ココが実に面白い。 と言うのは、錆鯊の顔の特徴といえば顎髭だから。 この伸び放題の無精鬚といい、地味な侘び寂的色合い的意匠といい、実に親爺臭い風体。これでは、アクアファンやダイバーに注目されないのも当然。色とりどりの熱帯鯊に人気が集まるのは自然なこと。そちらが真のハゼなのである。 ここらを踏まえて、以下、素人発想に過ぎないが、多少考察めいたお話を。・・・ ポイントは場所である。 駿河湾は深海魚が流れ着くことでよく知られるが、熱帯から流れて来る強い潮流たる黒潮がぶち当たる辺りでもある。(フィリピン北→台湾東→先島・沖縄・奄美→大隅半島南端→紀伊半島先端→相模湾・伊豆半島)南から連綿と続くとてつもない深い海溝の端でもある。 この流れは、伊豆半島突端→大島→房総半島先端へと続くことになるが、この辺りは潮の流れは強いといっても、多少緩やかで温度も下がってくる。それが、相模湾や東京湾にも沿岸流として入っていく訳だ。 古代地理の頃からこうした流れが存在していたと考えれば、(伊豆は3つのプレートがぶつかり合う地点。)ここらに南から多くの魚がやって来ていたのは間違いなかろう。 多くは死滅してしまうのだが、新しい環境への進出を旨とするハゼだけは違っていたと見る訳である。 つまり、"ゴビオネルス亜科"を、熱帯から流れてきて北方に棲み付いた「流れ者類」と考える訳だ。雑種たる日本人の出自とよく似ている。 元祖ハゼはあくまでも熱帯棲息なのである。もちろん、そこでの棲み分けにあくまでも御執心だったのが主流派、"Gobiinae[ハゼ亜科]"。保守派ではあるが、一枚岩を嫌い、細分化の道を選び、様々な場所に積極的に進出したので主流の地位を維持できたと見てよかろう。 "Gobionellinae[ゴビオネルス亜科}"は、温度的に辛い北方環境をものともせず、積極的に進出したのである。従って、その意気を買えば、こちらの本流は、非熱帯の北方の淡水棲と言えよう。そして、出自的な典型を選ぶなら広く北方に分布する内湾底棲種ということになろう。それこそが錆鯊。 そのように考えると、江戸湾における真鯊とは、江戸幕府によって指名された代表でしかないと考えることもできよう。それ以前のヒトが棲息する中心地は府中だった訳で、湾内に拡がった沖積地にヒトが棲むようになり、水路大土木工事も頻繁化し、この環境変化に上手に適応した種が真鯊だったというにすぎまい。 この変化に追随できなかった種はマイナー的存在に落ち込んだ筈。ところが、そんなこと我関せずで、北方ハゼとして生き抜いて来たのが錆鯊と見ることもできそう。 ちなみに、サビハゼ属の種は錆鯊のみ。日本近海にしか棲息しない固有種である。世界的視野で見ればレアだが、日本人にとっては極めてポピュラー。 【真鯊、等の《Gobionellinae》グループ】 ○Sagamia・・・サビハゼ類 錆鯊/相模鰕虎魚/Hairchin goby(geneionema) 「魚」の目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2018 RandDManagement.com |