表紙 目次 | 「新風土論」 2015年11月13日 黒潮島嶼椿文化圏考漆の木は照葉ではなく落葉樹であるが、東アジアにしか生えていない。その幹からしみ出す樹液は、日本と中国の石器時代に塗料や接着剤として使われていることが知られている。一般的には縄文文化の華とされている。 その日本の樹木だが、湖北や浙江の種とは縁遠く、山東以北の大陸で見つかる野生種が起源と見られている、ヒトが持ち込んだ栽培種である可能性が高いのである。 そんな話があるせいか、ツバキという名称は朝鮮半島渡来と考える人達がいたりする。素人から見てもトンデモ論としか思えないが。と言うのは、朝鮮半島はその南西先端部を除いてツバキ自然林は無いのである。と言うか、揚子江より北の大陸では見つかっていない。 何が言いたいかおわかりだろうか。 日本の古代を象徴するかのような、漆加工を施した椿材の櫛とは、南方文化と北方文化が融合したものということ。 ここで注目したいのが椿材。 言うまでも無く、日本固有種の「藪椿」が使われたのである。(この栽培種が普通に言うツバキ)表面をワックスでコーティングしているかのような照葉を持つ常緑樹。いかにも熱帯的気候から外れると生き延びるのが難しそうに見える植物だが、黒潮が流れている地ではなんとか繁殖できたということなのだろう。 現在でも、椿油生産が続いているのは専ら黒潮のただなかの伊豆大島-利島と五島列島のようだし。 そんな状況を眺めると、日本列島のツバキ類は、漆利用よりずっと古い時代に、黒潮に乗って移動していた海人が移植した植物の残存種なのではないかという気になってくる。そうだとすれば、それらを一括りにしてみるのも一興ではなかろうか。生物分類学的な視点から外れて。 言ってみれば、それは「黒潮島嶼椿群」。以下の種が入ることになる。 ●藪椿/山茶/"common" Camellia, Rose camellia or East asian camellia 〇[北限自生林のツバキ俗称]山椿 @奥羽山脈が陸奥湾に突き出た夏泊半島 〇雪椿/-/Snow camellia 日本海側豪雪対応高山型(這枝/非直立) [自生北/南限]田沢湖/滋賀県椿坂峠 〇雪端椿・・・藪と雪の垂直分布での遷移型 〇[代表的園芸品種]侘助,寒椿 園芸品種には大陸との雑種も少なくない筈。 〇宝山椿@奄美大島,沖縄,台湾中部 〇林檎椿@屋久島・・・大実 ●山茶花/茶梅/Sasanqua camellia [北限自生林]佐賀県脊振山系千石山 (栄西の伝茶栽培開始地の霊仙寺跡地隣接) 〇沖縄サザンカ ●姫山茶花 大船渡の「世界椿館・碁石」、「久留米ツバキ公園・世界のつばき館」はそれぞれ、藪椿と山茶花の北限に近い場所に残っている自生林を記念したものだが、その種と同じものがどこまで南に分布しているのかを眺めると面白い。 と言うか、分布が示唆に富むからである。 【姫山茶花】・・・見かけはツバキとは相当に違う。 奄美大島〜徳之島〜沖永良部島〜沖縄本島〜西表島 【山茶花】 壱岐〜九州・四国南西部〜・・〜西表島 【藪椿】 本州・四国・九州〜・・〜西表島 伊豆七島〜青ヶ島 済州島〜朝鮮半島南西部 台湾中部 直観でしかないが、先島の海人が黒潮圏にこの3種を無理矢理広げたのではないかという気になってくる。 言うまでもないが、これらは生物学的には3つの別な系統。それぞれの北限が日本列島に存在しているだけの話。いずれも、南方系の同系列の別種につながる。 素人的には、それを見える化するとこんな具合。 <真正山茶類> 山茶花 島山茶@台湾高地 油茶/Tea oil camellia@中国南部〜インドシナ半島東部 油椿 ベトナム椿 南洋の島嶼変種(1種)@インドネシア諸島-フィリピン <真正椿類>(大陸種の子房には毛がある。) 藪椿 台湾山椿 香港椿/香港紅山茶 唐椿/滇山茶@雲南西部 サルウィン椿@雲南北部-四川 ピタール椿/西南紅山茶@四川-雲貴-広東の高地 雲南山椿 光果紅山茶 毛蕊紅山茶,糙果茶 小黄花 短柱茶 半宿萼茶,光果山茶,毛果山茶 瘤果茶 <姫山茶類> 姫山茶花 台湾姫山茶/台湾連蕊茶 薄葉姫山茶 白鳩椿 これだと、日本のツバキの視点から恣意的に整理したかのように映るか。学者の"Camellia"類で整理しておくべきかナ。(日本語ならツバキ。中国語は茶。) このグループに該当するのは、相当昔の図鑑だと世界で100種程度とされる。もちろんアジアのみに分布。これが、少々前の本だと100〜250と幅が生まれる。おそらく、新しい種がドッと提起され、1つ1つ新種と見るか、亜種か、はたまた変種か厄介な判定が行われるのでそう簡単に対応しがたかったのだろう。判定が覆ることも少なくないだろうし。 中国語のウエブを見ると、現時点では、この数字は280に達しているようだ。そのうち250ほどが中国の種らしい。白髪三千丈の国らしき数字と言えなくもないが、現実に中国で様々な種が存在していることがわかってきたのは間違いない。そうなると、ベトナムのように南北が長く山地もある国で本格的調査を始めればさらに100種追加となってもおかしくないかも。素人考えだが。 そんな状態だから、"Camellia"全体がどうなっているのかは、ド素人にははなはだ理解し難いのだが、以下のように4系統にまとめてみた。 ◆原始的ツバキ系◆ 古茶系(大白山茶,等) 實果茶系(散柱茶,等) ◆紅色ツバキ系◆ <真正山茶類> <真正椿類> ◆茶系◆@基本的に中国東南〜印度アッサム 短蕊茶 金花茶/Yellow camellia, 薄叶金花茶/Golden camellia,五室金花茶 離蕊茶 禿茶 長柄山茶 超長柄茶 禿房茶,五柱茶.五室茶系, 茶/Tea plant -中国的小葉類 -アッサム的大葉類 ◆姫サザンカ系◆ <姫山茶類(梅的花弁)> <他> 柳葉サザンカ@中国南部,台湾 さらなる大分類だと、上記の"Camellia"はこんな位置付けになるようだ。素養を欠くので、残念ながら、よくわからんが。 ・"Camellia",圓籽荷.核果茶.姫榊山茶花/石筆木 ・姫椿/木荷,台湾椿/北美大頭茶,-/大頭茶,-/美洲荷 ・夏椿/紫莖 尚、以下の照葉樹[厚皮香系]は近縁ではない。 木斛/厚皮香@世界の熱帯 長葉木斛/茶梨@東アジア南部〜東南アジア〜ヒマラヤ 長柄榊/楊桐@アジアの熱帯/亜熱帯 榊/紅淡比 -/猪血木 姫榊/柃木 -/舟柄茶 -/南美大頭茶屬 さすれば、椿文化圏とはなんだとなるが、椿油が利用されている地域とでもしておこうか。 黒潮島嶼椿文化圏とはその一部に過ぎぬが、椿の種を持って海流に乗り移住し、新しい村落をつくることに価値を感じる部族の文化となろうか。 ただ、間違ってはいけないのは、開拓者ではないし、探検家魂に突き動かされている訳ではない点。山歩きする人ならわかると思うが、こんな人里離れた場所を住民が通るまいと思っていると、突然出会ったりすることがある。そんな人達である。あるいは、夜、大自然のただなかに居ると思って山々を眺めていると、なんと、向かいの深い山にポツリと灯りがともったり。とんでもない山奥に、住民が存在するのだ。その時、よりもよって何故にそんな場所に、という疑問を覚える人には、この文化は絶対にわからない。 その精神を支えるのは、哲学や思想ではないからだ。単なる情緒からくるもの。そのため普段はえらく保守的に見えるが、その情緒が、時として創造力あるいは想像力を掻き立てることがある。そうなると、突然、他の人からみれば挑戦に映るような動きを始めたりするのである。 (参考) 鈴木三男,他:「縄文時代のウルシとその起源」国立歴史民俗博物館研究報告 187 2014年7月 「山茶表現に見る和的体質」[2015.11.7] (C) 2015 RandDManagement.com |