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2003.2.25
 
 


インフォマティクスの遅れ(1:ホモロジー検索)…

 バイオ・インフォマティクスで日本は遅れた、とのことで、集中的に研究開発費投入が行われている。
 単純明確な施策だ。

 投入量が不足しているなら、こうした施策は当然、と考える人が多いから、政策責任者にとってはやりやすい施策である。
 しかし、投入量が少ないのは、成果がでなかった結果であり、遅れた原因でないかもしれない。原因を放置したままで、投入量だけを増やしたなら、遅れを回復できるとは限るまい。

 このような当たり前の論理は、たいていは無視される。これが、日本の政策立案の特徴である。
 不勉強で何をしてよいのか全くわからない政策責任者達と、自分の領域への研究費投入を実現したい専門家達にとって、こうした論理は自らの役割の否定に繋がりかねないから、絶対に認めないのである。
 要するに、政策責任者は全体調整役、専門家は具体的投入対象決定役、という役割分担の仕組みが続いているのだ。

 このような仕組みである限り、戦略的発想の政策が登場することはない。そのため、評論家は「戦略なき日本」とのトーンで政策批判を繰り広げることになる。
 おきまりのパターンである。

 バイオ・インフォマティクス分野もこのパターンで進んでいるようだ。
 政策関係者の発言を聞く限り、先行するための工夫は感じられない。投入先選定を専門家にまかせ、相変わらずの研究開発費増額路線を進めている。

 この典型が、「世界最高速コンピュータ分析実現」方針である。素人受けする目標だが、バイオ・インフォマティクスはコンピュータハード開発とは全く異なるにもかかわらず、政策責任者が、平然とこのような発言をする。まさに、驚きである。

 ここでの世界最高速コンピュータ分析とは、具体的には、ホモロジー検索を指している。ホモロジー検索とは、膨大なゲノム配列情報から、蛋白質産出に繋がる遺伝子情報配列を探し出す「1手法」である。
 忘れてならないのは、「1手法」という点である。
 この手法で最高速を目指すという方針は正しいのか?・・・この理屈が重要なのである。これが、戦略の原点である。ところが、日本の方針は、全くわからない。

 この点は、一応置いておこう。
 さて、ホモロジー検索最高速を追求する方針を決めたことが、具体的指針と言えるだるか?
 一般的に言えば、これでは研究の方向感は生まれないのである。というのは、検索能力がプログラムに依存するからである。
 すでに、80年代後半にパワフルなプログラム「FastA」が開発されている。「FastA」はかなり普及したが、1990年にはNCBIによる「BLAST」が登場し、多くの研究者が「BLAST」を利用するようになった。「BLAST」はその後もバージョン改定が進み、「FastA」に劣る部分もなくなった。1997年には「PSI-BLAST」も登場し、ほぼ世界標準化した。
 といっても、「BLAST」以上の機能を追求するソフト開発をしなくなった訳ではない。未だに、続行中であるし、バージョン改定も進むと考えられる。
 これらの動きを先導しているのは、もちろん米国だ。このプログラム開発分野で戦うつもりなのだろうか。・・・動きを見る限りそうではなかろう。最高速実現とは、実は「BLAST」を動かすコンピュータの話しなのである。

 それでは、これで方針が、はっきりわかるだろうか?・・・そうとも言えないのである。
 膨大な計算を行うのであるから、確かに高速処理は重要だが、問題がある。
 「BLAST」のバージョンアップにすぐに対応できるように、プログラムをコンピュータハードと一応独立した形にするか、現在のバージョンで最高のパフォーマンスを狙うかの問題がある。機器のチューニングの最適化を図れば、後者では成果が得られるが、バージョンアップの際には、せっかくの努力は無駄になるかもしれない。日本の発想は、今のところ後者に近い。日本企業には、高度なコンピュータハード開発能力はあるが、当該プログラム開発能力は無い。「BLAST」の先が読めないからどうしようもないのである。

 それなら、「BLAST」駆動を徹底すべし、と決めれば一件落着となりがちだが、そうともいえないのだ。高速処理とは何を意味するのかを考える必要があるからだ。
 大量のデータ処理には、3つの方策がある。
 1つ目は、複数のCPUチップを搭載したコンピュータを用いる方法。
 2つ目は、複数のパソコンを繋げて、見かけ上は1台のコンピュータにする方法。(クラスタ型並列処理)
 3つ目は、独立したパソコンの処理能力をネットワーク化して活用する方法。(グリッド型並列処理)
 それぞれに、特徴があり、どの方法で進むべきかを決める必要がある。
 上述した日本流の仕組みでは、米国の動きを見て、それに対応して、その性能を凌駕するハードに挑戦する方針がとられている。
 しかし、コンピュータは家電製品とは違い、利用者も使いこなすためのスキル開発が必要なのだ。簡単に他に移行はできないから、どの仕組みが一番力を発揮し易いかは、研究開発の仕組みに関係するのである。
 純技術上の選択問題に映るが、こうした戦略的な発想を欠けば、せっかく素晴らしい高速機器を開発しても、成果は生まれない可能性が高いのである。

 このように見るとはっきりすると思うが、先行するための工夫は、専門家のミクロレベルに留まっている。
 政策責任者が、専門家の小さな一歩の積み重ねに賭けているとも言える。
 確かに、個々の専門家のレベルは極めて高いから、投入量を増やせば、その一歩だけを見れば、海外を凌駕する可能性は高い。しかし、それは、全体で先に進むことを意味しない。
 バイオ・インフォマティクスような技術進歩が著しい領域では、後発がキャッチアップできても、先行に追いつくどころか、さらに離されることが多い。追いついた頃には、次ぎのハイレベルの競争が始まるからだ。
 実践家なら、このような分野では、普通は「ヘジテーション戦略」を取る。先行を一気に追いぬける分野を考え、当面の直接的なキャッチアップを避けるのである。当事者は、現行領域強化に繋がらないから大反対するが、新領域の挑戦者には活力が満ち溢れる。そしてに、その周囲に現行領域の専門家が移動し始める。そうなれば、ほぼ成功である。筋の良い領域選定がなされれば、成果は自然と生まれるものだ。
 このような、科学研究における「構造改革」路線が採用されない限り、日本の地位は低下一途だろう。   


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