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2003.7.6
 
 


知られざるシイタケ栽培技術発祥元…

 葱やシイタケのセーフガードの話題は、いつのまにか消え失せてしまったが、農林業に関する間違ったイメージは、ますます広がっている。典型は、日本の農林業は、中国の安価な労働力に太刀打ちできないから、残念だが消え去るのみ、という見方である。

 これは根本的に間違っている。農林業を労働集約型から、資本(技術)集約型に変えれば、生残れるどころか、飛躍のチャンスさえある。
 葱にしても、中国での生産とはいうものの、種から運送方法まで、日本の技術で運営されており、実態を見れば日本企業の事業である。日本では、消費者の満足度を高めるための技術開発型農業を行い、技術を移転していけばよいのである。

 ・・・と話すと、農林業保護を主張する守旧派と間違われる。

 というのは、この分野のチャンスなど微々たるもの、と考えている人が多いからだ。
 農林業の技術を、気の長くなるような時間がかかる育種と、技能に毛が生えたようなもの、と見なせば確かにそうかも知れない。しかし、技術はいくらでもあるのだ。

 実は、このように見なす人が多いから、農林業が守旧派の牙城化するのである。

 農林産物の工場生産を少しでも検討したことがある人なら、規制撤廃によって、チャンスがそこらじゅうで生まれると、感じる筈だ。そもそも、起業家精神があれば、様々な技術が使われずに転がっているのだから、チャンスなど無限である。(もっとも、撤廃前に事業化すれば、たいていは壊滅的な損害を被るだけだが。)
 このチャンスを潰してきたのが守旧派である。周囲の人達が、技術の将来に期待していないから、業界構造を変えそうな新技術導入を簡単に阻止できるのである。

 この状況が、日本のシイタケ産業を没落させたのである。決して、中国の安価な労働力のせいではない。

 林野庁のシイタケ栽培に関する「技術戦略」は、茸の工場生産を調べたことがある人にとっては周知の事実だが、余り伝わっていないから、簡単に紹介しておこう。

 「しいたけ」の統計は1975年から始まる。これでわかるように、シイタケはコモディティ作物ではなかった。もともとは、乾燥させて、食材として売られていた比較的高級な産品といえよう。(好事家の話しによれば、300年前に、宮崎安貞が「農業全書」に栽培法を記載しているそうだが。)
 ところが、1970年代から、一気に生産量が増えた。その理由は、想像がつくように、需要というよりは、優れた生産技術の登場である。林の日陰でよく見かける、シイタケのほだ木栽培が普及した訳だ。薄暗く多湿な場所さえあれば、種を植え付けた原木を置くだけで、簡単に生育するのだから、農家が先を争って栽培に乗り出すのは当然である。
 しかも、市場を失いつつあった日本の林業にとって、この技術は、絶好のタイミングで導入された。原木提供業が創出されたからだ。(http://www.kinokonet.com/hiroba/saibai/nagare/nagare.htm)

 実は、この原木提供業繁盛のお陰で、シイタケ産業が没落したのである。といっても、生産過剰の話しではない。生産技術の話しである。

 1980年代には、早々と原木不要技術が開発されたのである。材木の鋸屑を使えば、シイタケ生産ができるようになったのだ。本来なら、シイタケ生産プロセスは一変する筈だが、技術利用は阻止された。国内の原木提供業を潰す訳にはいかなかったのである。これが、日本の守旧派の実態である。(吉井常人著「シイタケの工場生産」1985年 http://www.mmjp.or.jp/jst/index/jst11345.htm)

 その後、どうなったかは、言わなくてもわかるだろう。
 国内で使われないから、技術は、海外に移転することになる。そして、菌と培地の相性の検討が進み、海外生産品が急速に高品質化したのである。もともとの技術発祥は日本だが、今や技術リーダーは台湾と言われ、華僑ネットワークで技術がアジア全域に広がっている。
 しかも、最近の日本産のなかには、中国産菌床を輸入し、国内で育てたものが入っている。(中国の代表的シイタケ菌床提供業者 http://www.k-ryu.com/shengji.htm)

 もはや、日本産シイタケを高品質と呼べる根拠などどこにもない。
 こうなった原因は、新技術導入を阻止し続けたからだ。政府には、農林産業で、技術を活用して産業を興す気など、もともと無いのである。

 ところが、スーパーの野菜売り場にいけば、毎週のように、見たこともない茸が入れ替わり立ち代り登場している。新産品開発は盛んなのである。しかし、これが茸市場拡大に繋がっているだろうか。

 実務家は、このような恣意的な技術マネジメントを、「技術の食い潰し」政策と呼ぶ。
 長期的な技術の流れを考えず、場当たり的に技術の適用・抑制を図る政策だ。そして、少しでもキャッシュを生めば、技術的大成功と喧伝する。
 言うまでもないが、何の知恵も無い、最低の技術政策である。

 もっとも、こうしたマネジメントは、この分野に限らないが。


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