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■■■ 魏志倭人伝の読み方 [2019.1.10] ■■■
[10] 喪主哭泣

  始死停喪十餘日
  當時不食肉
  喪主哭泣
  他人就歌舞飲酒
  已葬擧家詣水中澡浴 以如練沐
(練絹の喪服を着用して沐浴するのだろう。)

《始死停喪》
"停喪"の意味がわかりにくいが、殯が明けて喪葬が始まるということだろうか。そう解釈すると、喪中期間が十餘日ということではないことになる。
この辺りがどうなっていたのかはよくわからないが、仏教時代の「薄葬」のとらえ方に係わるので少し触れておこう。
「古事記」編纂を命じた天武天皇は、律令国家への道をひた走ったと言ってよいだろう。鎮護国家仏教の絶大なる推進者でもあり、「薄葬」の旗振り役でもあったろう。もちろん、遺詔だろうが。
一般には、「薄葬」とは、火葬による骨化で殯期間を大幅に短縮させ、大型古墳造成も止める動きとされる。表面的には倹約的小規模化としての、各地からの大動員取り止め、喪服廃止、等々が目立つ。いかにも儒教の"徳"の姿勢を感じさせる動きだ。しかし、その本質はあくまでも仏教の追善供養行事を大々的に行うことでは。例えばこうなったのではあるまいか。
  "発哭"儀式担当を僧侶(尼)に
  喪儀担当を殯宮宮司から寺院僧侶に
  国設の仏教型"斎"に・・・香, 花, 仏具

従って、「薄葬」のメルクマールは土葬廃止ではなく、墓地に殯宮の意味を持たせた点。
これは信仰の大転換なくしてはできそうにないが、天武天皇は敢えて取り組んだのだろう。
つまり、仏教と親和性が高い「神道」として再編成させたのである。その一方で、"鬼道"たる「道教」の移入にも熱心だった筈。
そうでなければ、官僚に正式な国史「日本書紀」作りを命じた一方で、別個に中堅一官僚でしかないが当代随一のインテリに和文叙事詩「古事記」を編纂させるようなことをする筈がなかろう。

《當時不食肉》
675年の天武天皇の詔(莫食牛馬犬猿鶏之宍)以前は肉食は当然視されていたとしてよく引用される下りだ。マ、肉食禁止令は出されているといっても、皮革や羽が広く利用されていたのだから、猿は別として、食肉用飼育厳禁ということでしかなかろう。
ただ、卑弥呼の時代に、すでに殺生を慎む文化的素地ができていた訳で、肉食禁止は仏教渡来前からの風習に係わるルールでもあった訳だ。

《喪主哭泣》
「古事記」では、高天原から出雲での葬儀に泣女が送られており、葬儀での哭泣は当然視されていたのだろう。ここでの書き方と、現代韓国に壮大な泣女風習が残っているところから見て、中華帝国でも同じと思われる。但し、哭泣するのは喪主ではないが。

《歌舞飲酒》
他人と言っても、親族ではなく、故人関係者という意味だろう。
歌舞飲酒は、常識的には、遺体の側らで行う生き返りを願う厳粛なもの。異界の岩戸に引きこもった天照大御神を現世に引き戻す神事と同じ体裁だと思われる。鈴を鳴らして、祭器を振って、魂を呼び戻そうと懸命に行った筈。人々は、魂に一献傾け、異界に行ってしまうなと引き留めにかかるのである。ある意味知り合い一同の弔問儀礼でもあろう。この風習は途絶えることなく続いたようで、数世紀後の隋終焉期でも"親賓就屍歌舞"は行われていた模様。[魏徴:「隋書倭國傳」]
歌舞は無いし、親族喪服は白色なので、イメージ的には大きく違うものの、こうした鎮魂感覚は、現代の通夜での酒席設定と同じ精神と考えることもできそう。故人は大往生と言い合い、できる限り和やかな場をつくることに意味がある訳だ。
当時の東夷の代表と言えそうな高句麗では、歌舞飲酒は無かったようだから、倭の独特な風習とみなされたのであろう。

《詣水中澡浴》
水中"澡浴"はこの文章が初出のようだし、神仏に祈願する"水垢離"という語彙も漢語では無いようだ。魏の高級外交官には珍しい風習に映ったのだろう。
「古事記」には、遺骸のある地に入界して付着した穢れを水浴で流す有名なシーンがあり、日本列島では古代から、葬儀における不可欠な行事だったことになる。
ガンガーの流れで沐浴し穢れを流してしまうヒンドゥー教徒の行為と似ているが、遺灰も流すことで解脱を図る信仰が同居しているし、ガンガー以外の河で行うこともないようだから、あくまでもガンガー女神の霊力を頂戴する信仰であり、全く違う観念と見たほうがよさそう。
大陸には、洒水身による穢れおとしの行事は無いようだが、"斎戒沐浴"という語彙は存在している。
 孟子曰:「西子蒙不潔,則人皆掩鼻而過之。雖有惡人,齊戒沐浴,則可以祀上帝。」
  [「孟子」離婁 下]
このような語彙がある以上、水に対する畏敬の念があったのは間違いない。注連縄も文字から見て水をかけることで結界を作ったことを意味しているといわれている。ただ、日本ではそのようなことは行われていないから、標縄でしかないが。

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