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2014.3.5

歴史で感性を磨く

五七五調を考える

古事記には沢山の歌が掲載されているが、古代となれば、なんといっても、速須佐之男ノ命と八千矛ノ~のものだろう。素人にはその読み方はよくわからないが、どうも、五をベースとして、七で一息つぐ、五七調のようだ。
ただ、我々にとっては、和歌基本形の「五七五-七七」とその上句だけの俳句「五七五」にならされており、そのように並べないと読み辛いし、頭にピンと入ってこない。それを無理に変えるのは考えモノだが、古代のリズムは少々違っていた可能性が高いことを前提にして読む必要がありそうだ。
どもあれ、日本列島では、極めて古くからそのリズムが使われていたと見てよさそう。

なにせ、伊邪那岐命と伊邪那美命による最初の島産み行為からして、このリズム感での掛け合い言葉が示されているのだから。それは極めて重要な言霊行為であり、順番が違うだけで問題が生じる位だから、推敲し尽くした歌詞であることは明らか。そう、それは、【5 5】音の言霊

  「汝が身は
   如何に成れる
」?
  「吾が身は、
   成り成りて
   成り合わざる處
   一處在り。・・・

そして、ここから。
  【5 5】 「あなにやし えをとこを
  【5 5】 「あなにやし えをとめを

次世代の速須佐之男ノ命も、婚姻行為でそのリズム感を踏襲している。【】音に【】音が追加されてはいるが。・・・

  かれ御歌よみしたまふ。その歌は、
  【575八雲起つ、出雲八重垣、夫妻みに、
  【 77  八重垣作る、その八重垣を。

瑞兆ある出雲を称えるのはわかるが、そこに妻籠めの八重垣を作ったゾというだけの内容でしかなく、鑑賞するような歌とは言い難いが、リズムが感興を呼ぶということだろう。現代人にしてみれば、短歌の祖ここにありということにならざるを得まい。

なんとなく集団的求婚儀式の歌垣を彷彿とさせるものがあるが、寿ぐ歌はどんな民族でも似た点があっておかしくなかろう。従って、雲南辺りの少数民族の伝承歌垣の特徴を参考にする場合は要注意である。例えば、タイ語系は、日本語のようなリズムを作ることはできないから、言葉を比較しても意味は薄い。逆に、倭との交流が全く見つからないタミル語では、リズム感が似ているとの指摘があるが、こちらの方が本質を抉り出す可能性があると言うこと。
倭の場合は、おそらく、【57】 x n という形での歌が続く。それは繰り返しや、類似を多用したもの。そして、一段落、あるいは最後を【57】+【】で〆るのだろう。

それがわかるのが、大國主ノ命こと八千矛ノ~の歌。婚姻競争での求婚であり、掛け合いだから歌垣元祖と見てよさそう。繰り返すが、我々が読む際には、どうしても【575】 で始めてしまうので、以下のように、【75】 x n になってしまう。
この形式は、意味を受け取るにはよいが、旋律の歌詞としてなら【57】となろう。読むだけなら、意味で切れ目をつけないとなにがなんだかになるが、唄いあげる場合は、次の言葉を予想させるが如き表現の方が気分が乗ると見ての話。

  八千矛ノ~、
  高志ノ國の沼河比賣を婚ひに幸でましし時、
  その沼河比賣の家に至りて歌ひたまはく、

  【575 八千矛の、~の命は、八島國、
  【 75  妻求ぎかねて、遠遠し、
  【 ・ 5  高志の國に、賢女(さかしめ)を
  【 75  有りと聞かして、麗女(くわしめ)を
  【 75  有りと聞こして、さ婚(よば)ひに、
  【 75  在りたたし、
  【 ・ 5  婚(よば)ひに、在り通はせ、
  【575 大刀が緒も、未だ解かずて、おすひをも、
  【 7 ・  未だ解かねば、處女(おとめ)の
  【 75  鳴すや板戸を、押そふらひ、
  【 75  吾(あが)立たせれば、引こづらひ、
  【 75  吾(あが)立たせれば、青山に、
  【 55  (ぬえ)は鳴き、真野(さぬ)ッ鳥、
  【 75  雉(きざし)は響(とよ)む、庭ッ鳥、
  【 55  は鳴く、(うれ)たくも、
  【 75  鳴くなる鳥か、この鳥も、
  【 75  打ち病(や)めこせね、いしたふや、
  【 7  天(あま)馳(はせ)使(づかひ)、
  【・ 5 ・ 事の、語り言も、こをば。

とは言え、雰囲気に、五七五調を取り入れていると感じるなら、それはそれでかまわぬだろう。
メロディーラインが無いのだから。
55】や【57】はあくまでも、旋律にのせてこそのものだということ。そちらは、多分、定番がいくつかあり、そこから適宜選んだのだろう。従って、これ以外のリズムを旋律に乗せると違和感が生じることになり、場は一挙に盛り下がってしまい、霊の活力が落ちてしまうので、使われる道理が無い。それだけの話。

倭語の擬音語あるいは擬態語の世界が【55】や【57】を生み出しており、それらを使用しながら一貫性をとるには、そうせざるを得ないという側面もあったろう。言うまでもないが、2音か3音がダブりそれに助詞をつける必要があるから。古事記では冒頭で、その表現こそ日本列島の歴史の始まりということを示してくれている。

  その沼矛を__指し下して__攪きたまへば
  ()
  "こをろこをろ"
  攪きなして__ひきあげたまふ__時に、その__矛のさきより__滴る
  (御)積もりて__島となる。

上記でおわかりだと思うが、訓の読み下し文は自動的に【57】風になってくる。「」の文字を編集すれば、これは散文ではなく、旋律に乗せた文になりうるのではあるまいか。

しかしながら、古事記中ッ巻に登場する一般的な歌になると、そうしたリズム巻はものの見事に消えうせている。
しいて数えてみたが、5音は多いものの、五七調とは無縁のようだ。

 宇陀の、高城に、 [宇陀の高き城に] 3+4=7
 鴫張る、 [鴫捕獲の罠をしかけ] 6
 我が待つや、 [私は待っているが] 5
 鴫は障らず、 [鴫はかからず] 7
 勇細し、  [素晴らしき] 5
 鯨障る、  [鯨がかかる.] 6
 前妻が、  [前妻が] 4
 魚乞はさば、  [おかずを欲しがったら] 5
 立枛棱の  [立木のソバのような] 5
 實の、長けくを、  [実の細ったところを] 2+4=6
 幾許聶ゑね、  [沢山こそぎ採ってやれ.] 6
 後妻が、  [後妻が] 5
 魚乞はさば、  [おかずを欲しがったら] 5
   [強きサカキ(榊)の] 5
 實の、大けくを、  [実が沢山あるところを] 2+5=7
 幾許聶ゑね。  [こそぎ採ってやれ.] 6

「子音+母音」が一音の倭語の場合、リズムは最重要となる。韻を踏んでいるとか、特別な言語表現上の工夫がある訳ではないのだから。
にもかかわらず、音の数がバラバラで、はたして歌になるのかはなはだ疑問。これをメロディーに乗せるとしてら、それにあわせて新しい旋律を作る必要があり、その音調が聞き手に馴染む可能性は低いから、いかにも無理があるのだ。
定番的な旋律にのせて歌うなら、基本は5音で、時により、7音が入るというような規則性は、どうしても欲しいところ。

そうなると、規則として考えられそうなのは、聖数である8をベースとした展開。8音というか、8拍で歌うということ。7音とは1音分の休符を挿入するか、語尾伸ばしの2音化にすぎないし、5音はそれが3音分あることになる。
これなら、音楽性豊かな表現が可能ではないか。早い話、連続9音はタブーで、4音以下は原則使用せずというだけ。使う必要がでたら、前後とあわせて9音以上にならないようにするしかない。
偶数が少ないのは、それは漢字一字を2音で読むから、どうしても漢語臭が生まれてしまうからだろう。漢語には1音の助詞をつけて奇数にするのが慣わしなので、奇数でないと居心地悪しなのは当然である。

こんな規則さえああれば、どのような歌でも旋律に乗せることができよう。上記だと、こんな具合になるか。なにも考えない、いい加減なものだが、・・・。

  うだのたかぎに
  しぎわな
はる
  わが
まつ
  しぎは
さやらず
  いず
はし
  くぢら
さやる
  こぉ-
なみ
  な
こはさば
  たち
そば
  みの
なけくを
  こきし
ひゑね
  うは
なり
  いち
さかき
  みの
おほけくを
  こきし
ひゑね

そうなると、冒頭の出雲八重垣はこんな風になってしまう。これでは、無理がありすぎるか。

  やくもたつ
  いづも
やへがき
  つま
ごみ
  やへがき
つくる
  その
やへがきを

(使用テキスト)
旧版岩波文庫 校注:幸田成友 1951---底本は「古訓古事記」(本居宣長)
新編日本古典文学全集 小学館 校注:山口佳紀/神野志隆光 1997

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