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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.10.12] ■■■
[附 35] 本朝史観
「今昔物語集」を歴史書と考える人はいまい。
しかし、「古事記」は名称からすれば、史書たる"紀"ではなく、古い時代の事績記録ということだから、「昔物語集」と言えないこともなく、同類ということになる。と言っても、「古事記」は歴史書以外のなにものでもなかろう。

そんな感覚を抱いて、両者を続けて読むと、本朝の歴史が見えてくる感じがしてくるから不思議だ。一方は、仏教に関する一文字もなく、後者は仏教だらけだが、この見方こそが、本朝史の実態を一番よく示しているかも、との思いが浮かぶからでもある。
それなら、「今昔物語集」から歴史観を読み取るのも面白いのでは。
ついついそんな風に考えてしまうのは、「今昔物語集」が3国となっているせいもある。

つまり、こういうこと。

天竺には歴史観が完璧に欠如している。実際、「史書」類は見つかっていないようだ。
存在するのは時代の流れなき、各王国内でのバラバラな事績伝承のみ。しかも、時間軸が外されていたりして、脈絡なき神話的叙事詩に昇華されていたりする。従って、そこから編年体への再構成は極めて難しい。
「今昔物語集」編纂者はおそらくそれに気付いたはずである。

一方、震旦は、天子が決めた厳密な"暦"に従い、皇帝と臣の行った業が編年体で細々と綴られる。皇族内で皇帝位が引き継がれた期間がその"時代"となる。と言うか、それが"中華帝国"の1王朝史という考え方である。各王朝史をバインドしたものが、震旦史となる。
そして、その各王朝史とは、どの一族の誰が行ったことかを"公的"に記録したもの。それ以上でもなければ、以下でもない。但し、この記載に反する"私的"な書は即時禁書とされてしまう。
(ちなみに、今は、非国軍の人民解放軍の創成期領袖クラスの血族が権力を握る時代である。毛沢東は反儒教を掲げたが、その、実態は儒教の天子概念に乗ったにすぎまい。当然だが、天子概念を認めない勢力に対しては容赦なし。)

本朝は、震旦文化をかなり導入したものの、根本的なところで違っている。
天皇は皇族から衆議で選ばれる仕組み。そのため、中華帝国のような王朝的時代区分はできかねる。編年体記載は、天皇代にならざるを得ないのである。「今昔物語集」も、断片的には年号記載もあるものの、欠字だらけとはいえ、その姿勢を見せている。

当然ながら、「古事記」は天皇代で徹底している上、漢語的称号も使用しない。しかも、その仕組みについてはコンセプトから逸脱しないように注意を払っている。つまり、皇位継承争いは多発するものの、それは即位前であり、即位後の反乱は特殊な事情が無い限り滅多なことでは発生しないとの見方。
もう一つ見落とせないのが、胡散臭そうだったり、都合が悪い話でも、"事実"として気にせず収録している姿勢。たとえ潤色的な尾鰭がついていたとしても、それは社会の実情を伝えていると見ていることを意味する。「史書」ではないから、当時の人々が伝えたかった重要なメッセージを読み取れるかも、と言うことで収録してあると考えるべきだろう。
この辺りは「今昔物語集」の本朝部でも同じことがいえよう。

施政は天皇によって変わることになるものの、貴種としての皇族が各地に受け入れられていたりするので、総体としては分権的と言えるだろう。

「古事記」的に言えば、そんな時代もせいぜいが推古天皇代迄ということになろう。「今昔物語集」が聖徳太子から始まるところからすれば、天皇として、積極的な仏教推進姿勢を見せたとは見なされていないかも知れぬ。

「今昔物語集」は1120年成立との推定がなされており、一般的な歴史区分からすると、次の時代にさしかかってはいるものの、時代の区切りまではまだまだ時間があると考えがち。
こと仏教でいえば、俗にいう鎌倉仏教の始まりで線引きがなされるのが普通だからだ。

しかし、読んでいると、そのような時代区分でよいのか疑問も。
僧兵出現こそ、新時代のメルクマールと違うか。
江戸幕府の政策の根幹は、海外交易・外交権の一元的完全統制と、国内での、公家(天皇家・貴族)、寺社(各宗派)、武家(各地土着)の3分割統治であり、この3者併存は院政期に端を発しているのでは。表層的には、官制仏教・律令政治の終焉に当たる。

そうだとすれば、この時点から明治維新までは、大きな括りとみることもできよう。
ただ、併存といっても、それは大きな概念上でのことで、実情は3者それぞれの内部事情から、相互依存や敵対関係が生み出されるので、ゴチャゴチャになり、統治体制は様々な形をとることになる。
実際、鎌倉新仏教も、鎌倉幕府も、この3者併存構造を脱した訳ではなかろう。武家勢力の分断を図る公家や旧仏教勢力の影響を削ぐだけの試みに過ぎなかったとも言えよう。

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