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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.7.20] ■■■
[附 22] 説話ジャンルとは
「今昔物語集」は仏教説話集とされているが、「酉陽雑俎」を奇怪譚の集成書として紹介し続けるのと同じで、無意識的レッテル貼り行為である。
そこに、過度かつ恣意的な動きが伴っていないか、注意を払った方がよいと思う。

後者など、それこそ随筆"古寺巡礼"から、面白唐王朝史、地獄事情、動植物博物学、飼鷹手引き、グルメ紹介、等々も収載されている訳で、それらは読む価値なき本と決めつけたい人が多いことを意味する。
「山海経」を化け物話を集めただけの奇怪な書とみなし、それ以上の関心を持たせないようにしたい思想があるのと同じこと。魯迅はそれに早くから気付いていた訳だが。

と言うことで、そのような問題意識で、ジャンルについて少し考えてみたい。

そもそも、題名が、"今昔"から始まる"物語"集と書いてあるのに、どうして説話集と呼び変える必要があるのか。仏教と無縁としか思えない話を並べているのに仏教説話としたいのか、はなはだ理解に苦しむ。
思うに、「物語」には当たらない作品としたいし、「仏教」教宣のために作られた感を醸したい、ということしか思い浮かばない。

たびたび「酉陽雑俎」の話になって恐縮だが、この本では、著者自ら、これは小説であり、中華帝国では、史書と小説以外はいずれ抹消される運命だから、後世に残すために書いたと述べている。だからこその題名なのである。
当時、流行っていたのは志怪小説だが、その流れに抗して書いたともいえる。そんな作品はどの道消えていくから、そんな文化が生まれた大元がわかるような事実だけ収録したともいえよう。著者は仏教徒であり、当然ながら、仏教関係の話は多数収載されているが、反社会的な僧の存在もあからさまにしたのも、そんな姿勢からだろう。

小生は、「今昔物語集」編纂者も同じセンスの持ち主と見る。これはあくまでも「物語」として作られたのである。と言うことは、アナロジーで見れば、底に流れているのは強烈な反「王朝物語」姿勢ということになろう。仏教関係の譚が過半を占めるが、それは説教や唱導に持ちいるためのものではないと思う。そのような用途に使えそうにない収録譚の数も半端なものではないからだ。
このことは、社会観察の洞察力を高めようとの意図でまとめていることを意味していそう。つまり、寓意・教訓譚の形態であっても、そこでの表面的主張に意味は薄いということになろう。

その"物語"ジャンルだが、分類整理すると例えばこうなる。(王朝貴族文化+武家文化)

和歌物語…「伊勢物語」「大和物語」「平中物語」
伝奇物語…「竹取物語」
写実物語…「宇津保物語」「源氏物語」「落窪物語」「狭衣物語」
歴史物語…"世継物語"(「栄花物語」11世紀「大鏡」12世紀)
     "続世継"(「今鏡/小鏡」1170年)
     「水鏡」1195年
     「増鏡」14世紀
     (「太平記」…史書)
軍記物語/仇討類…「将門記」「平家物語」「陸奥話記」「承久記」「義経記」
お伽草紙@室町時代
日記 随筆 紀行
/法語/教理(「往生要集」) 仏会説教用譚集 韻文仏教讃
録誌(「姓氏録」) 文試(「都氏文集」)
詩歌謡集 史書

上記で、三点、おことわりすべき点がある。
一つ目は、物語はあくまでも物語。ショートかロングかは関係ない。そして、ショート集成に、構成の拘りや、一貫性を入れ込むか否かは、目的意識の違いで現れるに過ぎない。
二つ目は、お伽草紙的な作品の登場には要注意ということ。
小生は、"一般大衆が伝える民話"という考え方に一抹の胡散臭さを感じているからでもある。古代、伝承役は限られた超能力者だった筈で、そのような民話が通用するのはある時代以降になるからだ。
「今昔物語集」の目線は、天竺では伝承は婆羅門の役割で、震旦では知識層(文章)独占化が図られたことを前提としているようにも見える。それに対して、本朝は伝承者がはっきりせず、仏教渡来以前などさっぱりわからぬ、と考えていそう。
三つ目は、上記より古層の、「古事記」や「風土記」は、「日本書記」と同じ史書とか地誌と考えるべきかという問題があろう。

さはさりながら、日本は理屈っぽい定義や長々した文章を有難がたがる風土ではないから、説話型文芸というジャンルは存在しているのは確かなようだ。
その細かな分類は、相互浸透しやすいのでどうしてもわかりにくくなるが、試しに作ってみた。

【志怪譚】
紀長谷雄[撰]:「紀家怪異実録」10世紀初頭
三善清行[撰]:「善家秘記」10世紀初頭
【社会譚】
(佚書)源隆国[撰]:「宇治大納言物語」11世紀後半…三国
n.a.:「今昔物語集」1120年頃
n.a.:「古本説話集」12世紀中期…上巻(和歌世俗)+下巻(仏教)
源顕兼:「古事談」1215♭年…王道后宮・臣節・僧行・勇士・神社仏寺・亭宅諸道
n.a.:「続古事談」1219年
n.a.:「宇治拾遺物語」1220年
藤原信実:「今物語」1239+年
六波羅二臈左衛門/湯浅宗業:「十訓抄」1252年…儒教的教訓
橘成季:「古今著聞集」1254年…懐古
玄棟:「三国伝記」1407年
【貴族談】
大江匡房[談]藤原実兼[筆録]:「江談抄」1107年
中原師元:「中外抄」1154+年
高階仲行:「富家語」1161+年
【寺社縁起】…多数。地場勢力伝承話や古代地域信仰の残滓が組み込まれている。
僧綱所[編]:「縁起並流記資材帳/古縁起」746年
【仏教譚】
景戒:「日本現報善悪霊異記/日本霊異記」823年
義昭:「日本感霊録」850年
源為憲:「三宝絵詞」984年…仏教解説
慶滋保胤:「日本往生極楽記」985年
実睿:「地蔵菩薩霊験記」11世紀中期
鎮源:「本朝法華験記」1044年
n.a.(栄源[書写]):「打聞集」1134年♭年…今昔からの引用も。
n.a.:「法華修法一百座聞書抄」12世紀
平康頼:「宝物集」1179年
n.a.:「撰集抄」1183年…西行回想記
鴨長明:「発心衆」1216♭年
慈円:「閑居友」1222年
愚勧住信:「私聚百因縁集」1257年
無住道暁:「沙石集」1283年
無住一円:「雑談集」1305年
【特殊】
大江匡房:「本朝神仙伝」n.a.…例外的存在。
安居院唱導教団:「神道集」1352+年
松翁:「吉野拾遺」1384+年
【震旦抄】
藤原成範:「唐物語」12世紀後半
源光行:「蒙求和歌」1204年…李瀚:「蒙求」翻訳+和歌1首
藤原茂範:「唐鏡」…中国通史
【歌論】
源経信:「後拾遺問答」「難後拾遺」1086+年
源俊頼:「俊頼髄脳/俊秘抄」1113年
藤原清輔:「袋草紙」1156+年
藤原俊成:「古来風躰抄」1197年
【詩文論】
空海[編・著]:「文鏡秘府論」820♭年…文学理論書

  <「宇治拾遺物語」序文>伏字箇所あり。末尾にはわからぬことも書かれている。
世に「宇治大納言物語」といふ物あり。・・・
天竺の事もあり、大唐の事もあり、日本の事もあり、
それがうちに、
たうとき事もあり、おかしき事もあり、おそろしき事もあり、あはれなる事もあり、きたなき事もあり、少々はそら物語もあり、利口なる事もあり。さまざま様様なり。

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