→INDEX

■■■ 今昔物語集の由来 [2020.2.20] ■■■
[附 7] 博物学的
題材の広さと豊富さ、事実を編纂して収録しているという点で、「今昔物語集」は「酉陽雑俎」とウリと、何回か述べて来たが、そこらの見方を再度整理しておきたくなった。
マ、たまたま、「酉陽雑俎」を読んでから、「今昔物語集」に目を通した結果にすぎないが。[→]

ただ、一般的には、前者は"仏教説話集"、後者は"中国の唐代に荒唐無稽な怪異記事を集録した書物"とされているから、両者が似ていると見る人はいそうにない。
それに、「酉陽雑俎」には序があるので著者の意図がわかるが、「今昔物語集」は著者さえ不明で目的もわからないから、両者の比較は無理がある。それでも、小生は、同じような目的で執筆されたと見る。そうでなければ、膨大な"事実"引用に多大な労力をかける意味が理解できないからでもある。

この「酉陽雑俎」だが、邦訳者の魯迅研究者 今村与志雄によれば、魯迅の愛読書であり、南方熊楠の評はプリニウス「博物誌/Naturalis historia」77年に比類する書。もちろんのことだが、魯迅の評価も"博物志"であり、"独創之作"と。(@「中国小説史略」第十篇"唐之傳奇集及雑俎")

流石、両者ともに慧眼。
中華帝国の社会の底流を知るのにこれ以上分かり易い本はないからである。

一方、博物学と見なすのも、内容的に似ているという単純な見方ではなく、意味ある指摘と見てよいだろう。
小生は、博物学とは動植物・鉱物等々の自然界に存在するモノを対象に、その性状を調べ分類整理し記録する学問と理解しているが、なにより重要なのはその目的。洞察力を発揮して自然界の法則性を見出そうとの意図があり、簡単に言えばナチュラル"ヒストリー"を知ろうということ。
つまり、その気になれば、大きな流れを読み取ることができるからこそ、大部の著作になるのである。

「今昔物語集」も、このセンスを共有していると見るのである。

○○奇譚集、▽▽志、××伝、といった類の書と同じ話が収録されていようがいまいが、全く異なる著作物ということ。
云うまでもないが、大部にならない限り、大きな流れを推定することなどとうてい無理だからだ。しかし、いかに膨大な集積であっても、確固たるモノの見方なしに綴じ合わせただけならほとんど無価値である。重要なのは、各譚を冷徹な眼で、編纂方針に則って"事実"、つまり"引用情報"を書くことと、それを一貫した形で整理すること。
だからこそ、読むと、俯瞰的に世界が見えて来て、大きな流れを推定することができることになる。
それが、本質に迫るものなら、現代社会にまで繋がる流れさえ見えてくることになる。

なによりも小生が驚いたのは、両者ともに、社会の流れを早くから見通していた点。
「酉陽雑俎」の著者は中華帝国ではそのうち仏教は絶滅の憂き目を見ると見ていたようだし、「今昔物語集」編纂者は本朝は、法華経と浄土思想が定着するとともに、在家の生活信条が信念という形で信仰の基盤を作っていくと見ていたようだ。
社会の各層で大乗仏教が入っていくと確信していたのは間違いない。

こうした本とは、どう考えてもインテリ向きの"教養書"だ。そんな読者層が存在したことになろう。
そして、そこには、これでもかというほどエスプリが詰め込まれている。時代感覚が違うので自明ではないため、良質かつ、その手のセンスでの註をつけてもらわない限りわからないのが難点。

段成式:「酉陽雑俎」860年
  [前集]
 [_1] 序-忠志-禮異-天咫…王朝
 [_2] 玉格-壺史…道教
 [_3] 貝編…仏教
 [_4] 境異-喜兆-禍兆-物革
 [_5] 詭習-怪術
 [_6] 藝絶-器奇-樂
 [_7] 酒食-醫
 [_8] 黥-雷-夢
 [_9] 事感-盜侠
 [10] 物異
 [11] 廣知
 [12] 語資
 [13] 冥跡-屍穸
 [14/15] 諾皋記上/下
 [16] 廣動植之一-序-総叙-羽篇-毛篇
 [17] 廣動植之二-鱗介篇-蟲篇
 [18] 廣動植之三-木篇
 [19] 廣動植之四-草篇
 [20] 肉攫部
  [續集]
 [1/2/3] 支諾皋上/中/下
 [_4] 貶誤
 [5/6] 寺塔記上/下
 [_7] 金剛經鳩異
 [_8] 支動
 [9/10] 支植上/下

n.a.:「今昔物語集」
 [_1] 天竺…釈迦降誕〜出家
 [_2] 天竺…釈迦の説法
 [_3] 天竺…釈迦の衆生教化〜入滅
 [_4] 天竺 付仏後…釈迦入滅後の仏弟子活動
 [_5] 天竺 付仏前…釈迦本生譚
 [_6] 震旦 付仏法…仏教渡来〜流布
 [_7] 震旦 付仏法…大般若経・法華経の功徳/霊験譚
 [_8] 欠巻
 [_9] 震旦 付孝養…孝子譚 冥途譚
 [10] 震旦 付国史…奇異譚[史書・小説]
 [11] 本朝 付仏法…仏教渡来〜流布史
 [12] 本朝 付仏法…斎会の縁起/功徳 仏像・仏典の功徳
 [13] 本朝 付仏法…法華経持経・読誦の功徳
 [14] 本朝 付仏法…法華経の霊験譚
 [15] 本朝 付仏法…僧侶俗人の往生譚
 [16] 本朝 付仏法…観世音菩薩霊験譚
 [17] 本朝 付仏法…地蔵菩薩霊験譚+諸菩薩/諸天霊験譚
 [18] 欠巻
 [19] 本朝 付仏法…俗人出家談 奇異譚
 [20] 本朝 付仏法…天狗・狐・蛇 冥界の往還 因果応報
 [21] 欠巻
 [22] 本朝…藤原氏列伝
 [23] 本朝…強力譚
 [24] 本朝 付世俗…芸能譚 術譚
 [25] 本朝 付世俗…合戦・武勇譚
 [26] 本朝 付宿報
 [27] 本朝 付霊鬼…変化/怪異譚
 [28] 本朝 付世俗…滑稽譚
 [29] 本朝 付悪行…盗賊譚 動物譚
 [30] 本朝 付雑事/雑談…歌物語 恋愛譚
 [31] 本朝 付雑事…奇異/怪異譚 拾遺

 (C) 2020 RandDManagement.com    →HOME