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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.1] ■■■
[1] 鳥羽僧正
「今昔物語集」は平安時代末期の成立とされている。

和漢混淆文の千二百余話が修辞無しで、事実を淡々と誇張なく平易に記述されている。冒頭と結語の形式を決めているのが特徴と言えば特徴。
 「今ハ昔、〇〇ノ国ニ〇〇トイフ人アリケリ・・・
  トナム語リツタヘタルトヤ」

唐代、膨大な書籍に囲まれた生活をしていたピカ一インテリが書いた「酉陽雑俎」の手法とよく似ており、編纂者の想念に基づく創作ではなく、伝承という"事実"を集めたもの。
(「酉陽雑俎」の著者 段成式は幼い頃から書籍に囲まれて育った、詩文でも力を発揮した、非科挙の高級官僚。インターナショナルな環境を愛した仏教徒でもある。今村与志雄は重要な箇所を的確に翻訳してくれている。・・・"わたしが思うに、この話は、いささか奇怪である。しかしながら、人口に膾炙している話であるから、やむなく記録しておく。")
と言うことは、同じようにインターナショナルなセンスを持つ仏教徒で、本朝ピカ一のインテリが著者ではなかろうか。

全31巻のうち欠巻があるが、紛失してのではなくもともと存在していないらしい。このことは、全体構成を計画して執筆させたものの、発表するのは政治的に拙いということで差し止めたということと思われ、そのような危うさギリギリを模索していたことになる。そこらも、「酉陽雑俎」の著者と感覚を共有していそう。

そうなると、政権中枢や仏教教団の体質を鳥獣戯画で批判していたと目される鳥羽僧正[1053-1140年]編との説は当たっていそうな気がする。鳥獣戯画も作者不詳にしているし。
但し、鳥獣戯画作者は絵師であるとされているようだし、「今昔物語集」編者との説も、主流ではなさそうだが。

宇治大納言 源隆国[1004-1077年]も「宇治拾遺物語」の作者なので有力。収載話が「今昔物語集」とダブっているからだが、何故に似た書を別途編纂する必要があるのかわからぬ。
一方、鳥羽僧正とは源隆国の第九子であり、父親の収集した物語の内情を良く知っていた筈で、書き換えたい点が多々あったかも。

作成時期が院政期にあたるから、上皇編纂書と見なされることも多いようだが、鳥羽僧正の方が納得し易かろう。この名前だが、鳥羽上皇の護持僧として鳥羽離宮 証金剛院に常住していたことに由来している訳だし。そこは、本邦随一の文化交流拠点だったのも間違いない。正式の天台僧名は覚猷。1138年、47世天台座主となったものの3日で退任したとされており、傑物である。

法橋位に27才で叙されており、渡来仏典すべてに触れることができたろうから、【天竺部】は読み抜いた経典から抜いてくるだけですぐに創れただろう。【震旦部】編纂も側に揃っている漢籍を読破したろうから、容易いもの。(「三宝感応要略録」、「冥報記」、「弘賛法華伝」、「孝子伝」)【本朝部】に至っては「宇治拾遺物語」等から引けばよいだけのこと。その編纂作業に加わっていた可能性もあるし。(「日本霊異記」、「日本往生極楽記」、「本朝法華験記」、「地蔵菩薩霊験記」、「三宝絵詞」)

"欠巻"としたものも、どのような企画だったかは想像もつこう。流石に、口伝の宮中の話を書くのは憚られたのだろう。サロンでは、互いに面白話を披露し合ってかまわないが、文字で伝わると誰がバラしたかわかってしまいトンデモないことがおきかねない訳で。

ただ、そのような気迫があることは間違いないだろう。
「酉陽雑俎」という題名は、焚書の伝統が色濃い社会のなかで、自分の書いた書物が後世に穴倉から発見されることを願ってつけた訳だが、「今昔物語集」も似たところがあろう。サロンの人々限定版で結構ということで、大事に秘匿させておくべき書籍との位置付けだったのではなかろうか。
だからこそ、読む側はドキッとさせられるのである。・・・

 "「生ま々々しさ」は『今昔物語』の藝術的生命である。
  そして、"この生ま々々しさは、本朝の部には一層野蠻に輝いてゐる。"
 "それだけではなく、brutalityの美しさである。
  或は優美とか華奢とかには最も縁の遠い美しさである。"
だからこそ、
 "『今昔物語』は最も野蠻に、或は殆ど殘酷に彼等の苦しみを寫してゐる"
と言える訳だ、とは芥川龍之介評。(「今昔物語鑑賞」1927年)。当たり前。
一生で目を通すなど不可能なほど膨大な経典があり、それにさらに自らの論攷を加えることに汲々とする周囲の仏僧と違い、インターナショナルな文化に触れることを愛した御仁にしてみれば、この手の書籍を作り上げることに命を捧げてもかまわぬという姿勢でとっていた可能性が高いからだ。真面目一徹をウリにするような人々とは付き合わず、サロンに集まってくる様々な人々と馬鹿話をしながら法輪を説き、精神的自由を謳歌することの重要性を皆に示していたのでは。

この僧の面目躍如なのは、ほとんどの解説に書かれている、入滅直前の"格言"である。・・・
 覚猷臨終処分事 可処分之由、
 弟子等勤之、再三之後、乞寄硯紙等書之。
 「処分可依腕力」云々。 (@「古事談」僧行#269)
あっぱれ。

──「今昔物語集」の構成──
【天竺部】
[巻_1] 釈迦降誕〜出家
[巻_2] 釈迦の説法
[巻_3] 釈迦の衆生教化〜入滅
[巻_4] 釈迦入滅後(仏弟子活動)
[巻_5] "天竺付仏前"釈迦本生譚
【震旦部】
[巻_6] 仏教渡来〜流布
[巻_7] 大般若経・法華経の功徳/霊験譚
[巻_8] 欠
[巻_9] 孝子譚 冥途譚
[巻10] 奇異譚(史書・小説)
【本朝仏法部】
[巻11] 仏教渡来〜流布史
[巻12] 斎会の縁起/功徳 仏像・仏典の功徳
[巻13] 法華経持経・読誦の功徳
[巻14] 法華経の霊験譚
[巻15] 僧侶俗人の往生譚
[巻16] 観世音菩薩霊験譚
[巻17] 地蔵菩薩霊験譚
[巻18] 欠
[巻19] 俗人出家談 奇異譚
[巻20] 天狗・狐・蛇 冥界の往還 因果応報
【本朝世俗部】
[巻21] 欠
[巻22] 藤原氏列伝
[巻23] 強力譚
[巻24] 世俗(芸能譚 術譚)
[巻25] 世俗(合戦・武勇譚)
[巻26] 宿報譚
[巻27] 霊鬼(変化/怪異譚)
[巻28] 世俗(滑稽譚)
[巻29] 悪行(盗賊譚 動物譚)
[巻30] 雑談(歌物語 恋愛譚)
[巻31] 奇異/怪異譚拾遺

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