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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.3] ■■■
[3] 渡来高僧
百濟から経典を持参した渡来僧は名前が記載されていないが、その後、彌勒石造を奉納し太子に跪礼をしたのは日羅だったが、あくまでもそのレベルの話に留まっていた。
しかし、高僧を呼び寄せたのであるから、仏教伝来を語るなら、無視できる訳がない。
 【本朝仏法部】巻十一 本朝 付仏法(仏教渡来〜流布史)
  [巻十一#_7] 婆羅門僧正為値行基従天竺来朝
  [巻十一#_8]鑑真和尚従震旦渡朝伝戒律語

天竺僧(釋迦族の迦羅衛国出身)菩提僊那Bodhisena/婆羅門僧正[704-760年]は、東大寺盧遮那仏開眼供養@752年の導師を務めたことで知られる。孝謙天皇、聖武太上天皇、光明皇太后臨席のもと行われた盛大な儀式である。
遣唐使の要請で、林邑僧 仏哲、中国僧 道[702-760年]と共に736年に来日し大安寺/大官大寺に住したとされる。

この譚では、そのような観点より、題名で示される通り、文殊菩薩たる行基に会うために来日した点が強調されている。

鑑真[688-763年]については渡海話を書き始めたらキリ無しである。戒壇院での授戒を始めたという点で、画期をなした僧ということで収録されている。
皇后を薬で治癒させた褒美に招提寺の辺りの新田部親王の旧宅を貰ったことが記載されている。
もう少し説話転回があってもよさそうに思うのだが淡泊な話題に留まっている。

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