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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.6] ■■■
[6] 龍樹菩薩
ナーガールジュナNāgārjuna/龍樹[150-250年頃]は大乗仏教の祖師である。南都六宗と天台宗、真言宗の土台を築いたとされている。
「今昔物語集」にも、当然ながら登場する。・・・
 【天竺部】巻四 天竺 付仏後(釈迦入滅後の仏弟子活動)
  [巻四#24]龍樹俗時作隠形薬語
  [巻四#25]龍樹提婆二菩薩伝法語

ここは是非とも触れておかねばならぬ箇所。
と言うのは、「今昔物語集」を実質的に世に知らしめた芥川龍之介が取り上げた譚だから。もちろん、他にもあるが、ココは別格。
 芥川龍之介「青年と死」(初出時[1914年]は柳川龍之介:「青年と死と(戯曲習作)」)

この作品の末尾には"竜樹菩薩に関する俗伝より"とある。
言うまでもないが、上記の#24譚が元ネタである。ヒトによって受け取り方は色々だが、小生はこの"俗伝"との記述に極めて鋭いモノを感じてしまうのである。

ある意味、#24譚は俗伝で、#25譚は正統仏教説話と言えなくもないからである。なんとなれば、前者の筋を一行で書けば"出家前の龍樹、透明人間になり後宮で犯しまくる。"というなんとも書くに堪えないえげつない文章になるからだ。
一方、#25譚は一種の禅問答のようなもので、智慧ある高僧同士の挨拶に、それがわからない弟子達が自分達の浅薄さに改めて気づかされるといったもの。
この対比が面白い訳だ。サロン話には最高のネタであろう。

しかし、当たり前のことだが、#24譚を自ら世俗で拾ってこれる訳はなくタネ本がある。話の内容は至って下品この上ないものの、実は、世俗的な書物ではない。高僧伝の類。
其四人得術隱身,自在入王宮中,宮中美人皆被侵陵百餘日。後宮中人有懷妊者以事白王。王大不ス。此何不祥為怪乃爾。召諸智臣以謀此事。有舊老者言凡如此事應有二種。或鬼或術。可以細土置諸門中。令有司守之斷諸術者。若是術人足跡自現可以兵除。若其是鬼則無跡也。鬼可咒除人可刀殺。備法試之見四人跡。即閉諸門令數百力士。揮刀空斫斫殺三人。唯有龍樹斂身屏氣依王頭側。王頭側七尺刀所不至。是時始悟欲為苦本。
厭欲心生發出家願。
若我得脱。當詣沙門求出家法。既而得出入山詣佛塔出家受戒。

  [鳩摩羅什訳「龍樹菩薩伝」…後世の寄せ集め型述作との説がある。]

「酉陽雑俎」からすると、中華帝国では透明人間術は帝を中心として大流行していたようで、道教系が得意だったようだ。

一方、#25譚の粗筋はこんなところ。・・・
 西天竺の龍樹菩薩は智恵無量、慈悲広大ということで著名。
 中天竺の老比丘 提婆菩薩は仏法を習い伝えたいと思い、
  遠路耐え難き数ヶ月間の旅の後、門前に到着。
 弟子がその旨を伝えると、龍樹菩薩は箱に水を入れて供した。
   器は小さいが、全ての景色を映し込むことができる。
   比丘も全てを此処に浮かべてみなさい。
 ・・・と言う意味だった。
 受けた提婆菩薩はその考えを悟り、針を入れ、返却したのである。
   私の智慧は針程度。
   是非とも師の大海の底を究めたく思う。
 ・・・との返事だったのである。
 龍樹菩薩は大変失礼致したと丁重に招き入れたのである。
 弟子、菩薩の智慧の深さに衝撃を受ける。



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