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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.8] ■■■
[8] 陽成院
陽成院[868-949年]の話をとりあげてみたい。
 【本朝仏法部】巻二十 本朝 付仏法(天狗・狐・蛇 冥界の往還 因果応報)
  [巻二十#10] 陽成院御代滝口行金使習外術語

陽成天皇は、父 第56代清和天皇の譲位で9歳で践祚。しかし、上皇崩御[880年]後は、朝廷は権力闘争で機能不全に。ついには宮中で天皇が関与した殺人事件まで勃発し、884年に病を理由にして"自発的"退位を迫られてしまう。社会的に武烈天皇同様の暴虐無類の人とされ皇統断絶に。
それからは冷泉院に居住し、享年82と長命。

百人一首[13番]でも知られるが、この一首以外には何も伝わっていない。すべて消し去られたと見てよいだろう。后に先立たれており、残そうという人もいなかったこともあろうし。
  筑波嶺の 峰より落つる 男女[みなの]
   恋ぞつもりて 淵となりぬる
後撰集の詞書に"(后になった)釣殿の皇女につかわしける"とあるそうだ。ほとんど乱倫状態の環境で、政治の世界から外され、ただただ純愛を貫いたとも取れる歌である。

この譚で登場する滝口とは、もちろん、昇殿は許されない内裏勤番武士集団のこと。清和源氏(本来的には陽成源氏との説もある。)を意味するのだろう。

と言うことで、ストーリーを簡単にまとめておこう。

陸奥に砂金を受け取りに滝口が出張。道中、信濃の郡司の館に宿泊することに。手厚いもてなしを受ける。
夜になり、館の外に出ると、別棟から薫香。行ってみると郡司の美しい若妻が一人で臥しており、思わず忍び入ってしまう。これも、オモテナシかということで。
ところが、事を運ぼうとした瞬間に男根が失われてしまう。慌てふためいて部屋に戻ったが、失われたママなので呆然。余りに不可思議なので従者に行ってこいとそそのかす。結局8名すべて同じ結果に。
早朝急ぎ発つと、館の給仕が追ってきて、郡司から落ちているモノを持って行けと言われたと。渡された紙包みのなかには松茸が9本あったが、立ちどころに消滅。皆の身体も元通りに。
奥州からの帰路にも立ち寄り、郡司に金品をあげ謝意を述べ、先の事の次第を探ると郡司による妖術だったことが判明。習得の約束をとりつけ、帰京後に再度訪問。
弟子となって妖術習得に励んだものの、術を身につけることかなわずに帰京。
しかし、争いごとがあると、滝口に履き置いた沓を子犬に変えたり、古藁沓を鯉にして食台に載せたりという程度の術は発揮したのである。
それを耳にした陽成院は召してその術を習ったのである。

ここからが「今昔物語集」の肝心なところ。

世の中の人はコレを承知する訳にはいかなかった。その理由は、帝王の身でありながら、三宝には従わない術を習得したから。皆、謗ったのである。
どうでもよい下郎の行為であり、罪深く、こんなことをするから狂気がとりついたりするのだ、と。
まさに、天狗を祀って三宝を欺く行為。人間界ではとうていうけいれられない。人間界に生まれながら、仏道を棄てて魔界に趣く仕草とされた。

ストーリー上、天狗は一度も登場してこないが、このような術を使うのは仏道ではなく天狗"道"としていることになる。要するに道教であろう。

「酉陽雑俎」の、皇帝が妖術に入れあげる話を思い出してしまった。

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