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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.28] ■■■
[28] 盗鐘団
「今昔物語集」の盗賊譚には、文芸的種としては上質のモチーフが含まれているが、それは視野が広い編者がこれぞと思う話を引いてきたから。
おそらく、余計な部分をバッサリ切っている筈である。
政治的に危うい題材も取り上げる肝っ玉の持主であることもあるが、社会の実像を淡々と意見を交えず書かせている点が素晴らしい。だからこそ、読むと生々しく感じるのだと思う。
サスペンス劇場的ドラマが大好きな人々は喜んで読むに違いないが、「今昔物語集」の読者対象者にはそのような人は入ってはいないだろう。仏教サロンの談義のタネだから読み方は大きく異なるのである。

どのような問題意識を抱えていたかは実は自明。先に書いたように、天皇と盗賊がグルとならざるを得ない社会をどうするかである。

そう考えると、以下の3譚は見逃せない。・・・

【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
[巻二十九#_7]藤大夫□□家入強盗被捕語
 猪熊と綾の小路に住む藤大夫の話。
 田舎から帰京。当然多くの物品を持ち帰ってきた。
 すかさず、隣人動く。
 あたかも盗賊の耳に入れんばかりに、この情報を拡散させたのである。
 当然ながら、襲われることに。
 生き残るために、武士も含めて、皆隠れるしかない。
 盗賊団は、悠々と金目のモノすべてを持ち去っていく訳だ。
 ただ、終了間際に、隣家の武士が弓矢を撃ち出したので、
  見かけは、ほうほうの態で、散々になって逃げたのである。
 デキレースのようなもの。
  誰一人傷つかないし、捕まる者もなし。
 ところが、誰も気づかなかったことが起きていた。
 盗賊一味の一人の死体が隠されていたのである。
  隠れていた小男に足を取られ倒されて殺されたのだ。
 藤大夫は検非違使とは知り合いの仲。
 判官が調査とあいなり、どうなっているか判明してしまう。・・・

こんな盗賊グループがいくらでもいた訳である。隣家に偶々盗賊ブループの手先がいたというような例外的事象ではなかろう。盗賊を抱え込んでおくことは生活の知恵でもあったというに過ぎまい。
なんらかの盗賊グループに加担していないと大損する社会が形成されていたのである。裏社会アリというより、表裏の違いなどほとんと無いと言ってよいだろう。

なんと言っても、よく描けているのが鐘泥棒。
[巻二十九#17]摂津国来小屋寺盗鐘語
 摂津国小屋寺に、突然、老齢の法師が訪問してきた。
 西国から上京する途中で、疲労困憊なので暫く滞在させてくれと。
 雨風が防げる鐘堂の下があてがわれた。
 ついでに鐘つきも、となり、法師大喜び。
 二晩後、鐘の音がパッタリしなくなり、見ると死んでいた。
 僧侶達は、清浄感を失わせたと住職批判。
  穢れだけはご免蒙るということで、
  内外に埋葬をとりしきる者もいない。
 こまっていたところ、
  突然、老法師を捜す30代の男二人がやって来た。
 経緯を知ると、それは父であると言って号泣。
  葬儀を奉る云々と言って去って行く。
 やがて夜半になると、40〜50名もの人々到来。
  道具も抱えた大所帯。
  大騒ぎしながら、遺体を運び出したのである。
  寺僧達は最後まで立ち会わず。
 喪の30日間が終わり、鐘堂の下に僧侶が入った。
 すると鐘が無くなっていた。・・・


圧巻。その見事さには舌を巻く。
"大作戦"と言ってもよいほど綿密に練られた計画だ。しかも、老法師も"鐘堂で死ぬ"という役割を担っているとは。親類への見返りが約束されていたのだろう。
言うまでもなく、鐘は鋳溶かされ銅材として販売するしかない訳で、単なる詐欺盗賊集団以上の大規模な社会的組織が形成されていたことがわかる。そんな活動がバレない筈はなく、社会の上層部が係っていたと考えるのが自然。

マ、そんな社会であることにもさっぱり気付かず、盗賊は悪いヤツ的な倫理感しか持っていない、余りに視野が狭い"学門屋"もいるネ〜、というのがサロンでの会話であろう。
[巻二十九#20]明法博士善澄被殺強盗語
 清原義澄は70歳を越える明法博士。
 律令と経書学を大学寮で教授していた。
 その学識の高さは、比類なきものと言われていた。
 ただ、生活の方は苦しかった。
 そんな家でも、強盗は襲うもである。
 義澄は上手く板敷の下に潜り込んで見つからずに済ませた。
 盗賊たちは、ありったけのものをかっさらい
  物品を叩き壊し踏みつぶして去っていったのである。
 そこで、義澄走り出て、門に立って戸を叩き、言い放つ。
  「人相見たソ。
   検非違使に伝えることにする。
   皆、覚悟せい。」と。
 賊が、一気に戻ってきたので、隠れたが後の祭り。
 斬殺され、事件もそれきりなんの音沙汰も無し。


一応、一般的に言えそうなご教訓は語られるが、形式を整えたに過ぎず、そんなことはどうでもよいのである。
この話があるからこそ、盗鐘組織の非凡さが引き立つ訳である。

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