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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.8.5] ■■■
[36] 「孝子伝」
「孝行」は家庭に於ける親に対する姿勢を指す。生存中は敬愛、逝去後は哀悼の念を持つということ。
孝行譚とは、その観点での善行・悪行によう因果応報の話であり、仏教の思想ではなく、一般社会に於ける血縁感覚がベースになっていると考えるべきだろう。
ここだけでも、「今昔物語集」は仏教を広げるための教義の説話集ではないことがわかろう。「酉陽雑俎」を怪奇譚集と見なせないのと同じようなもの。
小生は、両書共に、仏教サロンのエスプリを昇華させたような作品だと見る。自分達の想念からのフィクションはゼロで、引用整理しただけ。修辞はできる限り無くし、余計な部分をカット。そこから、読み手が勝手に解釈せよとつき放しているのだ。

だが、その編纂の仕方と一寸した感想や説明から、編者の思想が見えてくるように出来上がっている。

そもそも、正式な仏教説話だとすれば、必ず釈尊語りきを示唆する記述が入るか、原典たる経典を想定できるようになっているもの。事情によりそれを割愛しているなら、「今昔物語集」は未完成とはいえ、序文や後書き的に、どこかに菩薩に捧げるとの一言があってしかるべき。
編者はどう見ても仏僧だが、非仏教の範囲もカバーしたかったから世俗書の体裁で編纂したのだと思う。編纂者の名前は伏せるというのは大前提であろう。

さて、その「孝行」だが、唐代は、劉向[前77-前6年][編纂]:「孝子伝」、「孝経」が定番書だったようだ。ところが、元代に入り、郭居敬:「二十四孝」が一世風靡し(元代以前は「孝行録」二十四孝が広く読まれたというが書籍は散逸。)、「孝子伝」は事実上消えてしまう。
一方、日本では、早くに「孝子伝」が渡来流布したらしく、45譚収載の「孝子伝」は室町期までよく知られていたらしい。
「今昔物語集」巻九 震旦 付孝養(孝子譚 冥途譚)は、その「孝子伝」からの引用が主体。正確に言えば、巻名の"孝養"に合うということで。沢山収載されているのは冥途譚の方なのだ。常識的には同居させるべきでないと思うが、冥界に於ける孝養という意味にとれと言うことなのだろう。

"孝子譚"だが、「孝子伝」では以下の9タイプに分けることができるそうだ。
  1 生存中に扶養する…実態は献身一途。
  2 死後哀悼…死者思慕と慰霊ということだろう。
  3 敵討
  4 祖父に対する孝行
  5 兄弟への悌
  6 節婦義娘
  7 継子孝行譚
  8 忠孝の間
  9 天子の孝

社会秩序としての序列感がベースにあるようだ。従って、友悌感は無い。
(参照) 張龍妹:「平安物語文学における「孝」の受容――『源氏物語』を中心に――」比較日本学教育研究部門研究年報第14号 2018年

"天子の孝"と"忠孝の間"は「忠孝」であって、「孝行」とは概念が異なると思っていたが、この本では同一カテゴリー。このタイプは「今昔物語集」では引用していないが。
おそらく、ここでの「孝養」は儒教的観念の導入ではなく、世俗的なもの。基本自給自足の封建制度から、インターナショナルな交易が当たり前の貨幣経済化が進んでいたこともあり、秩序のための「孝養」はそぐわなくなって来たこともあろう。それに、個人の精神の領域まで官僚支配する儒教的観念は仏教徒には合わないだろうし。

巻九は46譚あるが、冒頭の12譚が現世に於ける親への孝養話で、"生存中に扶養する"タイプと"死後哀悼"タイプがだいたい半々。1つだけ"兄弟への悌"タイプがある。
「二十四孝」に選ばれた有名な3話から始まる。
  [巻九#_1]震旦郭巨孝老母得黄金釜語
「孝子伝」⇒郭巨{5---生存中に扶養する}
[元の話]家貧し。夫婦、老母、小児の世帯。老母の孝に怠る感あり。夫婦相談で 児を土中に埋めることに決定。土を堀ると黄金釜。母子養育可能に。
  [巻九#_2]震旦孟宗孝老母得冬笋語
「孝子伝」⇒孟仁/孟宗{26---生存中に扶養する}
[元の話]患う母が冬に筍を食べたいと。雪を掘っていると雪が解け、一面筍。食べさせると治癒。
  [巻九#_3]震旦丁蘭造木母致孝養語
「孝子伝」⇒丁蘭{9---死後哀悼}
[元の話]逝去した母の木像を造り尽くした。妻が木造の顔を焦がすと同じ目に。侘びても戻らないので像を通りに出すが、一夜で戻って来た。
  [巻九#_4]魯州人殺隣人不負過語
「孝子伝」⇒魯義士{32---兄弟への悌}
  [巻九#_5]会稽州楊威入山遁虎難語
「孝子伝」⇒楊威{16---生存中に扶養する}
  [巻九#_6]震旦張敷見死母扇恋悲母語
「孝子伝」⇒張敷{25---死後哀悼}
  [巻九#_7]会稽州曹娥恋父入江死自亦身投江語
「孝子伝」⇒曹娥{17---死後哀悼}
  [巻九#_8]欧尚恋父死墓造菴居住語
「孝子伝」⇒欧尚{19---死後哀悼}
  [巻九#_9]震旦禽堅自夷域迎父孝養語
「孝子伝」⇒禽堅{40---生存中に扶養する}
  [巻九#10]震旦顔烏自築墓語
「孝子伝」⇒顔烏{30---死後哀悼}
  [巻九#11]震旦韓伯瑜負母杖泣悲語
「孝子伝」⇒(韓)伯瑜{4---生存中に扶養する}
  [巻九#12]朱百年為悲母脱寒夜衾語
「孝子伝」⇒朱百年{23---生存中に扶養する}

巻末の4譚も現世的孝養であり、至心といったところだろうか。
以徳報怨的な話や、祖父が入ってきたりしており、孝行にも様々なタイプがあることを示したかったのだろう。
  [巻九#43]晋献公王子申生依継母麗姫讒自死語
「孝子伝」⇒申生{38---継子孝行譚}
  [巻九#44]震旦莫耶造釼献王被殺子眉間尺語
「孝子伝」⇒眉間尺{44---敵討}
  [巻九#45]震旦厚谷謀父止不孝語
「孝子伝」⇒原谷/厚谷{6---祖父に対する孝行}
  [巻九#46]三人来会樹下孝其中老語
「孝子伝」⇒三州(義士){8---生存中に扶養する}

このように、巻頭と巻末で現世の孝養譚で、冥界における擬似的孝養譚を挟むという構造にしているようだ。
ただ、真ん中に異質な話が「孝子伝」から一本引かれている。"継子孝行譚"タイプで"申生"はあくまでも"以徳"での"報怨"であり正統的な話だが、こちらはどう見ても"以怨"である。伯奇が死後鳥に転生し、継母に復讐するストーリー。
  [巻九#20]震旦周代臣伊尹子伯奇死成鳴報継母怨語
「孝子伝」⇒伯奇{35---継子孝行譚}

尚、巻が違うが、もう1譚引用があるようだ。
  [巻十#21]長安女代夫違枕為敵被殺語
「孝子伝」⇒東帰節女/京城節女{43---節婦義娘}
この巻十には、「二十四孝」収載の 田真兄弟(田真・田広・田慶)譚も。出自は古いのであろう。
  [巻十#27]震旦三人兄弟売家見荊枯返直返住語
親の財産を売り3分割することに。庭前の紫荊樹をどうするか僉議し伐採と決定。見ると、木は枯れていた。元通りに。

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