→INDEX ■■■ 今昔物語集の由来 [2019.8.17] ■■■ [48] 傀儡師 操り人形という意味がありそうだが、踊る様子がそのように見えるからといって、それが語源とは限るまい。逆かも知れない訳で。 小生としては、唐の時代、西域からやってきた芸能者の名前として使われていたとの説が好み。 本邦の支配層の信仰だった鎮護仏教ではもっぱら雅楽だが、仏教の大衆化に伴い傀儡の歌舞が広まったとのストーリーが分かり易いから。 要するに、仏教法事というか、一種のお祭りにともなう歌舞鑑賞の遊興をとりしきったのが傀儡集団と見る訳である。 現代の芸能人的人気者だったようだ。 "心地よげなるもの。・・・傀儡の事執り。"[「枕草子(三巻本)」八十段] そんな感じがしてしまうのは、以下の譚があるから。 【本朝仏法部】巻十九本朝 付仏法(俗人出家談 奇異譚) ●[巻十九#22]寺別当許麦縄成蛇語 心は邪見。外身だけは僧という、別当の話。 朝晩、大衆を集め遊び惚け、酒を呑み、魚を食し、 ほとんど仏事は行わず。 "常に遊女・傀儡を集めて、歌ひ嘲けるを以て役とす。" 寺の物品も欺用していたが、仏罰を全く恐れていなかった。 ある夏の日のこと。 麦縄(麺)が沢山あったので、 客人を沢山呼んで食べたのだが それでも、残ってしまった。 そこで、麦縄を折樻に入れて保管。 要ることもなかったのでそれっぱなし。 見ることもしなかった。 そして、翌年が来た。 ふと、折樻が目にとまった。 去年のモノだから損じていると思ったが、 降ろして蓋を開けさせた。 すると、そこには麦縄は無く、小蛇だらけ。 思いもよらぬことなのでそこまでにして、 別当ところに持っていって開けた。 皆、少々覗いただけ。 「仏物だから、こういうこともあるんだ。」と。 折樻ごと、河に流してしまった。 遊女と並ぶところを見ると、女性が多かった可能性があるが、あくまでも歌舞専門であろう。しかし、諸国を渡り歩くと言っても、移動性のロマ/ジプシーとは違い、出自があり、定住地があったようだ。 ともあれ、音楽が身体に浸みこんでいる人達である。 【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚) ●[巻二十八#27]伊豆守小野五友目代語 伊豆守 小野五友は有能な目代を探し求めていたが 駿河出身者のベスト人材がみつかった。年は60才ほど。 その目代が国守のもとで仕事をしていた時のこと。 傀儡師が館に出入りしており、 国守の前で歌舞を始めた。 すると、昔のことは忘れ難し、と。 目代は仕事を放りだし 皆と一緒になって歌舞に参加してしまった。 それを見た館の人々は大いに笑い騒いだ。 ふと、それに気付いた目代、 恥ずかし、と逃げ去った。 国守が傀儡師にどうしたのか尋ねると、 目代は若かりし頃は傀儡師。 書が巧みで、文章能力があるので、 傀儡師を止めただけに過ぎぬ、と。 遊興の場の人々であるにもかかわらず 事務官僚を務めているという落差は、面白いので皆にからかわれただろう。 しかし、仕事ができればよれでよいのである。成熟社会の一断面を描いた訳である。 僧のご教説は有り難いが面白いものではないことが多かったろうから、傀儡師の歌舞で皆が盛り上がる場を持つことの方が喜ばれるのは自然な流れ。 仏僧もそころは心得ていただろうから、傀儡師の往来を良き事としていただろうし、それに応える形で、歌舞の題材も仏教的説話が多かったと思われる。 (C) 2019 RandDManagement.com →HOME |