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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.9.23] ■■■
[85] 妹兄島
二人だけで生き残った兄妹が結婚し住民の祖となるという始祖神話は、インドネシア〜インドシナ半島西南沿岸、ポリネシア、台湾、先島〜沖縄、中国南西沿岸に様々なバリエーションを伴って伝承されていることが知られている。
果たして、それを「今昔物語集」の編纂者がご存知だったかはわからないが、モチーフとしてはこの系列に当てはまるドンピシャの話が収載されている。

本朝の話だから、ヒトや部族始祖ではなく、あくまでも小島の開拓始祖譚である。
その比定地は透明度が高い宿毛湾南西沖25kmにある沖の小島/妹背島/妹兄島。大きさは3.5x5.8km程度で最高標高404m。
まず間違いなくこの島だが、四国の港からいつでも渡航
しようと思えばできる程度の距離であり、孤島とは言いかねる。
航路上の要衝とも言いかねるし、白亜層が多く、断崖や急斜地だらけのようで、古代から住民がいた可能性はそう高くはない。
そのような地の漂流開拓伝説に着目する必然性は薄いと言わざるを得ない。

そうなると、本朝にも、南方海人的な伝承があるということを示したくて収載したと考えるのが自然だろう。

ザッと筋を見ておこう。
  【本朝世俗部】巻二十六本朝 付宿報
  [巻二十六#10]土佐国妹兄行住不知島語
 土佐幡多@中村〜宿毛〜土佐清水に住む百姓の話。
 住んでいる浦とは別の浦にも田を所有。
 そのため、棲家の田で種蒔〜苗代を行い、
 田植えの時期は船に苗・用具・食事等を積載して移動。
 陸に到着すると、子供二人を船に残し、父母は上陸。
  兄は14〜15才、妹は12〜13才である。
 殖女を雇うだけなのでほんの短時間上陸の予定。
 そこで、船は軽く砂の上に揚げただけ。
 兄妹はすぐに船底で寝てしまった。
 ところが、潮が満ちてきてしまい、船が浮き上がり
 風も出て潮に流され
 はるか南海のかなたに。
 沖に出ると、船のスピードは増す一方。
 どうにもならない。
 浜に戻った父母は船が見えないので探すが、
 これまたどうにもならず諦めるしかない。
 船はついに、沖の島に吹き流され到着。
 兄妹は恐る恐る上陸し、船を渓流。
 そこは無人島だった。
 どうすることもできないので、
 妹は、船の食糧で命を繋ぎ
 田圃を作って、苗を植えることにしましょう、と。
 兄は、もっともなことと、すぐにとりかかる。
 道具が揃っていたので、
 二人はどうやら生活することができた。
 そして、数年後、夫婦になったのである。
 その後は、多くの子供が生まれ、
 そこから子孫が増えて島じゅうに広がった。
 この島は
  「土佐の南の沖の妹兄島」と呼ばれている。


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