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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.9.27] ■■■
[89] 白河の関
「酉陽雑俎」は段成式のノンフィクション作品。
すべての事例について、出典が自明でない場合は情報源が示されており、そのような"事実"と、それに対する私見や大方の見方が峻別できるように注意深く執筆されている。100%創作の随筆や仲間との詩歌集巻もあるが別建て。序文もあり、どのような目的で書かれたのかも明記されている。
従って、段成式は作者と呼ぶべきだろう。本人も"小説"と呼んでいるし。

一方、「今昔物語集」は、すべての譚が、"今は昔のことだが、・・・という話があり、・・・と伝えられている"という統一形式で記載されており、例外はない。ノンフィクション情報をオムニバス的に引用した書と言ってよいだろう。
もちろん、そのお話についての第三者的受け止めが一行ほどコメント的に付くが、付けたしの域を出ていない。
しかも序文もないし、情報源の説明も欠く。誰がどのようにまとめたのかは不明なのである。そこらを公けにしないとの前提で成立したと見るべきだろう。
従って、こちらは作者ではなく、編纂者と呼ぶ方がよさそう。

しかし、本当に、編纂者で、作者でないと言い切れるかは微妙なところ。
芥川龍之介は作者として見ているようだが、それもわからぬではない。翻案バージョン「芋粥」を仕上げたからだ。
と言うのは、「芋粥」と同じ巻に収録されている"白河の関"譚だけは、例外的に、100%創作の可能性があるからだ。もちろん、モチーフを借りて来ての芥川型翻案モノ。
インテリの知が邪魔をしているのか、今一歩の作品。小生のような素人評価からすれば失敗作に近い。と言うか、ワザとそう映るように、冗談半分に入れたとも思えてくる。

その作品とはコレ。・・・
  【本朝世俗部】巻二十六本朝 付宿報
  [巻二十六#14]付陸奥守人見付金得富語

粗筋を書く前にご説明しておこう。

現代人からすれば、込み入った話ではないが、モチーフが錯綜している譚。常識的にはこのような民話が伝承されることはなかろう。様々なお話から合成された翻案バージョン考えるのが自然。
しかも、ご丁寧なことに、それを示唆する話を入れ込むという、凝りよう。
直接的ではないが、こんな記述があるのだ。
 古は白河の関と云ふ所にて、・・・
 霞に立て秋風吹際に成にたり。


誰が考えても、これは有名な和歌を指している訳で。
 みちのくににまかり下りけるに、白河の関にてよみ侍りける 能因法師[988-1050年]
 都をば 霞と共に 立ちしかど
  秋風ぞ吹く 白河の関
 [「後拾遺集」#518]
もとの詩はおそらくこちら。
  「出關路」 白居易
 山川函谷路 塵土遊子顏
 蕭條去國意 秋風生故關


和歌の元ネタをわざわざ書いたのは、能因法師のこの歌の解説がよく知られているから。
 能因法師は、
 いたれるすきものにてありければ、・・・
 都にありながらこの歌をいださむことを念なしと思ひて、
 人にも知られず久しく籠もり居て、
 色をくろく日にあたりなして後、
  「みちのくにのかたへ修行のついでによみたり」
 とぞ披露し侍りける。
  [「古今著聞集」]
能因法師が都で100%想像で詠んだ"傑作"。それを本当に旅行でのことと見せるために、家に籠って日焼けしたりしてえらく苦労したのである。

「今昔物語集」のこの譚もそんなモノですゾと示唆している以外の何ものでもなかろう。
以下、粗筋。
 陸奥守に厚遇されていた従者の話。
 陸奥では、任ぜられたのではないのだが、
  実質的に、厩の別当役。
  現地では一番の恩顧者が当てられる慣習。
 周囲の人々は、その男を、側近ナンバーワンと見ていた。
  もちろん、当人も、得意気。
 京から下る時のこと。
  ナンバーワンのつもりでずっと侍っていたのである。
 そのうち白河の関に到着。
  ここでは、守が提出したお供の名簿に従い
  順番に一人づつ木戸を通していく仕組み。
  守は名簿を目代に渡しさっさと通過。
 ところが何時までたってもお呼びがからない。
  名簿に書かれていなかったのである。
  守の真意をそこで初めて知り呆然と。
 従者も、えらい目を見たと離れる者続出。
  本人も落胆。
  どうしたものかと、
  近くの小川に行き、鞭で水を掻き回していた。
  すると、拾いもの。
  黄金が埋まった瓶であった。
  しかも、陸奥で勤めあげても得られないほどの量。
 誰にも悟られぬようにして、
  知り合いの越後守のもとに行くことに。
  残った従者もどうすべきか判断がつかなかったが、
  付いていくしかなかった。
 到着し、守に白河の関で締め出された件を説明。
  守、気の毒がると共に、がっかりしてしまう。
  阿弥陀仏造像用の黄金入手の手配を頼むつもりだったので。
  もちろん、男、お易い御用と。
  黄金を提供したから、守の喜びようは半端ではない。
 結果、この男、大金持ちになって帰京することに。
 そのうち、男は不破の関の警護の仕事を得た。
  すると、かの陸奥守と家族一行がやってきたのである。
  そこで、関所内に引き留め苦しめた。
  守は、朝廷に訴えたが、すぐにどうことなるものでもない。
  お供は主人を捨てるし、馬は餓死と酷い目に。


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