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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.10.14] ■■■
[106] フェイク太刀魚
「今昔物語集」が流行していた奇譚集とは編纂方針が全く違うことがよくわかる譚がある。
タネが、皇太子時代の話を上から直接聴いたと語った人物からの情報の可能性があるが、そういうことで違うと見ている訳ではない。そう感じるのは、ここでの主人公たる行商女の態度が実に簡潔に必要十分な形で描けているから。だからこそ読者にその情景と女のその時の心情がヒシヒシと伝わってくるのである。但し、そう感じる読者がどの程度存在するかはよくわからない。
  【本朝世俗部】巻三十一本朝 付雑事(奇異/怪異譚 拾遺)
  [巻三十一#31]太刀帯陣売魚嫗語
 春宮 居貞親王(三条天皇[976-1017年])にお仕えする
 警護人の詰め所"太刀帯の陣"に
 いつも来る、魚商の女がいた。
 太刀帯達は従者に買いとらせて食げていたが、
 すこぶる美味なので、珍重し、
 好んでお数にしていた。
 食べ易い形状にした干魚である。
 八月頃のこと。
 太刀帯達は、小鷹狩りに、北野に出かけた。
 
(獲物は、骨っぽく肉が少ないジビエ料理用か。)
 すると、件の、魚商の女が野原の中から現れたのである。
 太刀帯達とその従者は皆その顔を見知っていたから
 魚屋というのに、草深い原で何をしているのか、と不審に思った。
 馳せ寄り、取り囲んで見ると、
 女は、大振りな蘿と、高く揚げた長い楚一本を持っていた。
 この女、太刀帯達がやってくると、怪しくも、逃げ腰に。
 尻もすぼんで、慌てているのだ。
 従者達が、女に近寄り、
 「オイ!
  その大きな蘿に、何が入っているのだ?」と言って
 覗こうとすると、女は見せまいとする。
 ますます怪しさが募り、
 一人が、強引にその蘿を引き奪って中を見た。
 そこには、4寸余に切り刻まれた蛇が沢山あったのである。
 「これを何にするのだ?」と訊いても
 女は言葉を発せず、立ち尽くすだけ。

売り物の干し太刀魚の実態がバレてしまったのである。北野の原で楚で藪を打って蛇を這い出させ、すかさず楚の一撃で殺し、それを皮を剥い捌いてブツ切りにし、塩を振って蘿に広げて一夜干しとし、魚と偽り売っていたのだ。
確かに見かけは太刀魚的な色と姿になりそうだ。時節柄、冬眠前だろうから蛇には脂がのっており、旬以外の太刀魚のような蛋白さとは大違いで、その味は鰻に近かったかも。

さて、ご教訓だが、
 一つ。
 「蛇は食べると毒。」というのが定説。
 しかし、実際は中毒などない。
 二つ。
 もともとの姿がわからなくなっている
 切り身形状の魚が売られている場合は、
 安直に買って食べることは止めるべきだ。

蛇肉食を禁忌の如く扱っているが、薬餌にされていた筈。(らんびきが無く、蒸留酒漬けは存在していないとと思う。)
蛇肉が毒とされていた理由はわからない。蛇の神経毒を食べることになるとはとうてい思えないし、捕っているのは毒蛇ではなかろう。

この譚の素晴らしさは、実はここらにある訳ではない。女は、太刀を持っている人達にすでに囲まれており、太刀魚と騙して喰わせれた彼等はさぞかしご立腹のことだろう。はたして、この後の女の運命は。
それには一切ふれていないのである。読者に、哀しい話が隠されているに違いないと感じさせるように仕上げたのだ。
これによって、太刀なぞ所詮はフェイクでしかないと、看破しているとも言える。上手に手を入れて収載したと思われる。

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