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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.1.10] ■■■
[194] 勇者ぶりたき男
女性がお得意とするのは、四方山話で暇をつぶすこと。実態としては、男もたいして変わらないが、一応、そういうことになっている。

そんな場で、いかにも話題になりそう、と言えば、駄目旦那。
「うちのヒトったらネ〜。
 口では強そうなこと言ってるけど
 至って臆病なのヨ。
 こないだなど、
 自分の影に怯えて、夜、大騒ぎしたんだから。
 私がどうやら落ち着かせてやったんだけど、
 全く、あれで、よく仕事が務まるものだワ。・・・」
と話すと、皆、大笑い。

井戸端会議とはこんなもの。

ただ、軽く考えて対応してはいけない。注意が必要。
ここで、下手に、それではどうすべきかという方向に話を持っていこうとでもすると、場からパージされかねないからだ。
主張や批判が内在していないのが普通である。ご教訓などもってのほか。だからこそ、四方山話な訳で。
実は、そんな駄目男だからこそ、嬉しくて一緒になっていたりするのである。
その手の機微は、浮気のつもりで妻に手を出しブッ叩かれた男の話でもわかる。叩き出される訳でもなく、妻が死ぬまで"仲良く"暮らす訳で。

ここに、「今昔物語集」編纂者の考え方が出ている気がする。・・・男女間の機微話は、所詮は上っ面を眺めているフィクションに過ぎまい。そうそう両者の本心などわかるもんではございませんということ。しかしながら、社会というか文化風土がわかっていると、それが、なんとなく想像がついてくる、と言いたいのでは。
同じく"事実"引用に徹している「酉陽雑俎」と違って、出典明記で背景を想像させるのではなく、それとなく風土的なヒントを組み入れる方策を採用したのは、その辺りが理由かも。奴婢や様々な女性からパンクや渡来人まで、直接的に取材までする「酉陽雑俎」の真似はとてもできないから、背景を暗示する情報を入れ込むことで、物事の奥底に流れるものに迫ろう、と考えたのではなかろうか。
  【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚)
  [巻二十八#42]立兵者見我影成怖語
○この伝承話は、妻が夫のことを語った事を聞き伝えたもの。
○夫は、受領の郎等。
 人に勇猛の士と思われたくて、
 やたらに勇者ぶった振る舞いをする性情。
○ある日のこと、
 朝早く家を出立するというので、
 夫がまだ寝ているうちに起床。
 食事の用意をしようとすると
 有明の月の光が、板間から漏れて差し込んできた。
 その光で、身体の影が壁に映った。
 見れば、童髪を振り乱した大男の盗人姿。
 物取りが押し入って来たと早合点。
 (実は、自分の影だった。)
 あわてて、寝ている夫のもとに行き、耳元で囁いた。
 「大きくて、童髪の盗人が物取りに入って来て、
  あそこに立っているのヨ!」と。
 それを聞いた夫は、
 「そ奴の首を刎ねてやろう。」
 と跳び起き、
 髻丸出しで、裸で、太刀を持って出ていった。
 ところが、自分の影が壁に映った。
 それを見て、
 「なんだ、童髪ではないではないか。
  それに、太刀を抜いている。」
 と思い、
 「こうなると、俺の頭が打ち砕かれのでは。」
 と怖気づいてしまい、
 大声を出さず、軽く
 「をう」
 と叫んで、急いで戻ってしまった。
 「そなたは勇しき武人の妻と思っていたが、見誤っておるぞ。
  童髪の盗人などではない。
  髻があるし、抜き身の太刀を持っている。
  ただ、臆病者だ、
  俺を見て、太刀を落とさんばかりに震えておった。」
 と言う。
 そして、
 「そなた、行って、あいつを追い出せ、
  俺を見て震えたのは恐ろしかったから。
  俺はこれからご用で出かけなければならず、
  ちょっとした傷でも馬鹿々々しいし。
  女なら斬ることはあるまい。」
 と言って、寝てしまった。
 「なんたる意気地なし。
  こんなことで、よく夜回りができるもの。
  せいぜいが弓矢を持ってお月見がお似合い。」
 と捨て台詞をお見舞いして、起き上がり、
 再度、様子見に行こうとした瞬間、
 突然、夫の横の障子が倒れ込んだ。
 盗人に襲いかかられたと思ったようで、
 大きな声で悲鳴をあげたのである。
 妻はえらく腹が立ったが、余りのおかしさで呆れ返った。
 「あなた。
  盗人はとっくに出て行きましたのよ。
  障子が倒れかかっただけ。」
 と言うと、夫は起き上がって、様子を見ると、確かに盗人はいない。
 障子が倒れたと分かると、やおら起き上がって、
 裸の胸を叩き、手に唾をつけ、
 「あの野郎。
  俺の家に侵入して、簡単に物を取って行ける訳がなかろう。
  障子を踏み倒して逃げて行ったのか。
  もう少し居たなら、引っ捕まえていたのに。
  お前のため、取り逃がしてしまった。」
 と言ったから、妻はますますおかしくなり、大笑い。


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