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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.4.6] ■■■
[281] 「新猿楽記」著者
"宿報"譚に面白い話が収載されている。
  【本朝世俗部】巻二十六本朝 付宿報
  [巻二十六#_4]藤原明衡朝臣若時行女許語
ストーリーはどうということもない。
部屋を借りてカップルで時化こんだ。ところが、その家では、妻の密通現場に踏み込んで男を殺そうと、主人が手ぐすね引いている状況。お蔭で、人間違いされ危うく殺されかけた。ところが、月の光で指貫が見え、身分違いの人とわかって、難を逃れたという話。

しかし、ここに人間模様が被さる。・・・
この主人公は大学頭 文章博士 藤原明衡[989-1066年]で恋人は宮仕えの女房。
父は藤原公業[有国[943-1011年]で、妹の夫は甲斐殿。
女から一夜だけ部屋を借た家の主人は甲斐殿の雑色で、しばしば明衡の屋敷に使い派遣されて見知った間柄。

これで、なにが"宿報"かは自明ではないが、ご教訓としては"人は忍ぶと云ひ乍ら、賤所などには立寄るまじき也けり。"とされ、ている。
ここで、"ふふん〜。"となる仕掛け。

そう、この藤原明衡は、「新猿楽記」の著者だからだ。

題名からすれば、芸能論と見てしまうし、実際、猿楽ジャンルについての解説もあり、"オー、平安時代後期にはすでにジャグリングが見世物になっていたのか。"といった読後感が得られる本と思ってしまうが、間違いではないものの、この本の決め球は下賤な輩の社会生活の本質を描いたところ。

つまり、"宿報"のポイントはココ。

例えば、こんなことが平然と書かれている。・・・
藤原明衡が注目した猿楽見人の右衛門尉の話だが、その14人目の娘の記述部分。夫はとんでもないバカ者だが、唯一の魅力は頭抜けたマラ。
十四御許夫不調白物之第一也。
高事喚嘆自身,短弱謗他上,高聲則放逸,多言則豐顏,食歎嗜味,負欲要物,好笑常齒露,愛戲早面暴。所好謀計法,所立博奕竊盜。於父母不孝,於兄弟不和,
但有一屏,謂閉大而如虹粱,雁高而似戴藺笠。長八寸,大四伏,紅結附贅如蜘蛛咋付,帶縛筋脈如蚯蚓跂行。剛如束株,堅如鐵槌。晩發曉萎,敢無被嫁女。但十四御許一人翫之,愛之聊無所憚。件女見姿,頂平口甚廣,侏儒頗小,面色常青眉黛以赤,陰相互和合,神所媒夫妻也。但昔道鏡院雖有法王之賞,今白太郎主啻振貧窮之名。


3人の妻、16人の娘/夫、9人の息子が、この調子で語られる。冒頭は、財目当てに結婚した妻だが、老境にもかかわらず性生活一途といった具合。
マ、これが、「今昔物語集」で言うところの"下賤"。
そんな"下賤"話を、大学頭 文章博士が漢文でわざわざ書き下ろしているのだ。私生活を管理しようとする儒教の無意味さを指摘するための書と言ってもよさそう。
そりゃー、"そんな反儒者行為はお止し遊ばせ。"とご注意したくももなろうが、どう見ても、その姿勢を買っているとしか思えない。
危うく命を落とすところだったが、"宿報"で救われるのだから。

以下のような話で、随分と緻密に描かれている。
そこまでしなくても、上記のように筋はすぐ伝わる手の内容だが、それではさっぱり面白くない。明衡博士がビックリする様が読者に実感できなければ、この譚の意味はない訳で。
 大学頭の藤原明衡博士が若かった頃の話。
 しかるべき所に宮仕えしている女房のもとに忍んで通っていた。
 ある夜、
 局で寝るつもりで訪問したが、生憎空きなし。
 側の下衆に、
 「女房を呼んでくれまいか。
  お前の家で寝させてもらいたいのだが。」
 と語ると
 その家の主人は留守で、妻だけだったが、
 「なんの、それで結構。」となった。
 小さな家であり、自分の寝場所以外には提供する所もないので
 そこを空けてもらい、女房が局で使っている畳を敷いて、
 明衡と女房は寝たのである。
 ところが、その家の主人は、
 妻が密通していると聞かされていた上に
 今夜その密男が来ると告げられていたので
 現場に踏み込んで殺そうと考えていた。
 妻には、4〜5日は戻らないと嘘を知らせ、
 様子を伺っていたのである。
 そんなこととは露知らず、明衡は女房と打ち解けて寝ていた。
 夜が更け、家の主人が密かにやって来て立ち聞きしていると、
 男女が忍んで語らい合う気配。
 やはり、本当だったかということで、やわら、注意しながら家に入った。
 何時もの寝所には男女が臥したる気色がする。
 暗いために、よくは見えないものの、
 鼾がする方に近寄り、抜刀し逆手で腹を突き挿そうとした。
 肘を挙げた時、屋根板の隙間から月の光が漏れて来た。
 すると、長いくくり紐がついた指貫が見えたのである。
 我が妻のもとに、この様な方が通ってくるとは思えず、
 人違いするとえらい事になると考えていると
 大変に麗しい香りが立ち上ってくる。
 これは違うと思って、手を戻し
 着ている衣を探ると、柔らかな手触り。
 女房は急に驚いてしまい
 「誰かおられるようですが、
  どなたでしょうか?」とひそかに言うが、
 柔和な気性であり、妻でないことがわかった。
 そこで「これは違う。」と去ろうとすると
 明衡も驚いて
 「誰だ?」と尋ねたので、
 それを聞きつけ、下で寝ていた家の主の妻が
 「我が夫、昼の様子が怪しかったから
  出かけたものの、こっそりやって来て、
  人間違えでもしたのかも。」とも思ったが、
 驚いて騒ぎ、
 「誰かしら。盗賊でしょうか?」と罵った。
 自分の妻の声だとわかり
 「これは我が妻ではなく、
  とまったくもって異なる人が臥している。」ということで
 そこから去り、妻が寝ている所に行き、
 その髪を引き寄せ、こっそりと
 「これはどういうことなのだ?」と問う。
 妻は、「そんなところか。」と思い、
 「あちらは、上臈のお方が"今宵だけ"ということで
  お借りしたいということで、お借り上げ頂きましたので、
  我は此処に臥している次第。
  希有な錯誤をしでかす所でございましたね。」
 と言ったので
 明衡も驚いて「何事か?」と言ったので
 その声で「そこにいた男は、あのお方だった。」と気付き、
 主人は
 「私は、甲斐殿の雑色 房丸と申す者でございます。
  御一門の君がいらしておられるとは知らず、
  ほとほととんでもなき錯誤をいたすところでございました。」と、

そして、つらつらとこの間の事情を語った。
明衡は、此れを聞き、肝を潰し、奇異なことと思うのである。

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