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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.4.25] ■■■
[300] 迦旃延的衆生教化
巻三には釈迦の衆生教化から涅槃に至る迄の頃の様子がわかる譚が並べられている。
もちろん、涅槃予告から仏舎利分骨までの話が巻末を占めるのだが、その直前は弟子による教化譚が並ぶ。後から逆順に見ていくと、編纂者の気分がなんとなくわかってくる。
   《#25-26 仏法未伝地区教化》
  [巻三#26] 仏以迦旃延遣賓国語
  [巻三#25]后背王勅詣仏所語
   《#22-24 貪欲者教化》
  [巻三#24]目連尊者弟語
  [巻三#23]跋提長者妻慳貪女語
  [巻三#22]盧至長者語

十大弟子の一。
《迦旃延》🙇賓国を教化
 釈尊は、
   舎利弗
   目連
   迦葉
   阿難、等
 御弟子500人を衆生教化の為に各諸国に遣わした。
 迦旃延
(=迦多演那比丘@巻一#23[→仙道王])賓国担当に。
 それに際し、迦旃延は、
 「賓国は神国。
  仏法の名字など全く見たことも聞いたこともありません。
  只々、昼夜に渡り、畋狩・漁捕に従事する人達の国です。
  教化できるものでしょうか?」と。
 釈尊の姿勢は明確。
 「それなら尚更のこと。
  速やかに、行くべし。」と。
 勅命であり、その国に到着した。
 「悪樹は根元を切れば、枝葉が出なくなる。
  ということで、
  我は、先ず、国王のもとに行き、
  その教化から。」
 と決め、先ずは王宮に。
 国王は、数千万騎をお供に、狩に出立するところだった。
 迦旃延は錫杖を肩に背負い、衣鉢を臂に懸けた姿。
 王の前に立ったので、人々は、
 「未だ曾て見たことのない者だ
  しかも、この様な場所に出てくるとは何なのだ。
  一体、どんな輩か。」と、
 驚き怪しみ、大王に申し上げた。
 王の返答は、「即刻殺せ。」というもの。
 そこで、頸を刎ねようとすると
 迦旃延は
 「暫く待つように。
  我、大王に上申すべき事が有る。」
 と言い、王の前に進み出た。
 王は
 「汝は一体何人だ。
  未だ見知らぬ形相である。
  来訪するなど、極めて愚鈍な輩だ。」と。
 迦旃延は、
 「大王は、極めて美しい存在であります。
  一方、我は、極めて賤しい。
  そこで、我は、
  大王の御狩の前に立って行こうと決めたのです。」と。
 大王は、この話に乗り、興じて、王宮に連れて返った。
 「先ずは、これに、美食を供して、食べさせよ。」
 と言い、食物を与えたところ、迦旃延はよく食べる。
 「美味しいか?」と訊くと、
 迦旃延は「美味。」と答える。
 そこで、大王は、次に、悪しき食物を与へた。
 「こちらはどうだ?」と訊くと、
 迦旃延は「此れも又美味。」と答える。
 大王は、
 「美なる飲食も、悪しき飲食も、皆、美味しいとは、
  どういうことだ?」と問うので、
 迦旃延は答えた。
 「法師の口は竃の様なもの。
  美だろうが、悪だろうが、
  腹に入ってしまえば、単に、皆、同じ心地。」と。
 大王、これを聞いて、大いに哀んだのである。
 迦旃延、
 「我、女人招請で90日間の説法に出かける。」
 と言い残し出立。
 女人は頭髪を抜いて売り供養。
 そして、90日が過ぎ王宮に戻って来た。
 そこで、王は尋ねた、
 「汝、ここのところ目にしなかったが
  何処にいたのだ。
  食べ物はどうしていたのだ。」
 迦旃延は女の供養を話すと、関心を呼び、
 大王は女を召せと使いを派遣。
 しかし、女の参上せす。
 使は、
 「かの女人は、光を放って居た。
  並び無きほど、端正美麗な姿だった」と報告。
 それを聞き、大王、すぐさま花の輿を造らせ、
 千乗万騎を供にして、女人を迎えに行かせた。
 花の輿に乗り光を放つ女人が王宮に到着すると
 もともと居た500人の后は蛍で、女は日月のように映った。
 すぐに、后とし、限りなく寵愛。昼夜朝暮、傅くように。
 后は大王に、
 「寵愛頂けるなら、
  大王が率先して仏道に帰依し、
  国民も仏道を信ずるべき。」と言うので、
 皆、その教えに従うことになった。


特定できない弟子。国王寵愛の后による教化に映らないでもないが、比丘の説法で輝く存在になったのである。上記と本質的には変わらない。
《弟子比丘》🙇禁制国を教化
 500人もの后を擁する大王が、
 「宮中の、后と魅力的な女達は
  仏道に入ってはならぬ。」と宣旨を下した。
 これに背けば、刀兵を放ち、殺戮するとも。
 そんなことで、誰一人として仏道に帰依する者が出ず、
 長い年月、それが続いた。
 ところが、国王の最愛の后の考えは、違った。
 「我、大王の寵愛を受け、仏法の名字を聞いたこともない状況。
  今の世で、娯楽を享受しているものの、
  後世に悪道に堕ちてしまい、そこから出ることもなくなるだろう。
  流れる水は必ず海に入る。
  生まれた者は必ず滅する。
  我、500人中、最愛の后だが、
  死んでしまえば、必ずしや、無間地獄に堕ちることになろう。
  死ぬのは、早い遅いの差はあるが、遁走できる訳ではない。
  それなら、即座に殺害されたところで、気にすることはなかろう。
  どうせ、死ねば土と成る身なのだから。
  同じことなら、
  我、仏の御許に参詣し、法を聞いて死のうと思う。」
 と考えており、密かに、独りで王宮を出て、
 仏の御許に詣でたのである。
 そこで、御弟子に会い、
 「法を説いて頂きたい。
  聞こうと考えているので。」と。
 御弟子は
 「"汝のような王宮の人に、
   皆、仏道に趣くべからず、との宣旨が下された。"
  と聞いている。
  教説するのはよいが、汝は命を失うのでは。」と。
 后は、
 「大王の勅に背いても、法を聞こうと決心し、密かに詣でました。
  宮に還れば、即、死刑でしょう。そのことに間違いございません。
  しかし、
  生有る者は、必ず滅します。
  盛なる者は、必ず衰えます。
  国王の寵愛を頂いてはいるものの、
  それは万歳に渡り持続する訳ではありません。
  須臾の愛欲に拘って、
  三途に還ってしまうのでは、益無しでしょう。
  只、貴き法を御教授下さいまし。」と。
 比丘は、三帰依の法を説教。
 后は、
 「仏の所説は、もしかすると、他にも?」と。
 比丘は、さらに、十二因縁の法・四諦の法を説教。
 后は、
 「我、師に会い奉り、見奉りできるのは、
  只今、この婆だけ。
  宮に帰還すれば、即、死ぬことになります。
  三途の苦から離脱し、浄土転生の因を殖やそうと思います。
  願くは、この善根を以て、後世に遂には成仏し、
  一切衆生を利益したいと存じます。」と誓願し
 比丘を礼拝してから帰還したのである。
 王宮に到着し、密かに帳を掻上げて入ろうとすると、
 国王はそれを見つけ、自ら、弓を張って后を射た。
 その矢、一本は虚空に昇ってしまい、
 もう一本は后を3回廻って落ちてしまった。
 さらに、残る一本は返ってきて、猛火となり焼失。
 大王曰く、
 「汝は人ではない。
 もしかすると、天人か、あるいは竜か、
 もしかすると乾闥婆か?」と。
 后は、「我、天竜ではございませんし、夜叉・乾闥婆でもありません。
  只、仏の御許に詣で、法を聞いただけ。
  その善根に依って、金剛蜜迹に救って頂いたのでしょう。」
 と答えた。その時、大王は弓箭を抛棄し、宣旨を下した。
 「今よりは、 宮中及び国民は仏法を信ずるように。
  もし、これに背く輩がいたら、殺すことにする。」


十大弟子の一。
《目連》🙇目連弟を教化
 目連尊者の弟は、家は大きく、富裕で財宝も豊か。
 しかし、ことさら善根を修することもせず
 世間的貪欲に拘っていた。
 目連は、その弟のもとを訪問し教説。
 目連:「汝、速やかに善根を修するように。
  命が終わると、三悪道に堕ち、果てしなき受苦を蒙るととになる。
  その時に、財を身につけて行ける訳ではないのだ。
  功徳を修すれば、三悪道に堕ちず、
  必ず、善所に転生できるのは、疑い無き事。」
 弟:「我が父母の教えは、
  "在家で、思うように、世を渡れ。"
  法師こそ、口惜しき存在では。
  物を乞ふ心が有るのだから、
  それこそが、極めて愚かで憎らしいこと。
  それに、功徳とは、一体、何の事を言うのですか。」
 目連:「功徳とは、
  一つの物を人に布施すれば、其の徳に依って、
  万の物を得ることを言う。」
 弟:「しからば、
  我、汝が言うように、人に物を施そう。」
 一つの庫倉を開け、仲の財宝を取り出し、人々に与えた。
 そして、早速、5〜6棟の庫倉を造った。
 どうしてそんなことをするのか尋ねる人も。
 弟:「功徳造ったからだ。」
 こんな風にして90日間、財宝を人に施し、尊者に尋ねた。
 弟:「汝、
  "仏は未だかつて妄語をしたことがない。"と言ったが、
 何だこれは。
  我が庫倉に功徳は満ちてはいないではないか。」
 目連:「汝、 我が袈裟に捕まれ。」
 そして、
 四天王天・利天・夜摩天・兜率天・楽変化天・他化自在天と
 昇って行く姿を、一つ一つを見せたのである。
 様々な娯楽、不思議な出来事は数えることができない程。
 その第六天の他化自在天に至った。
 そこには三十九層の垣が有り、一つ一つに女人がいた。
 瑠璃の女は瑠璃の座に居り、
 瑠璃の糸を懸け、瑠璃の衣を縫っている。
 車𤦲(=硨磲貝)の女は、それを説いている。

善根の供養の結果、第六天に転生することになる目連尊者の弟を迎えるべく、そこでは素晴らしき衣が準備されている訳だ。
兄の言うことは本当だったと歓喜することになるのだろう。

十八羅漢の一。
《賓頭盧尊者》🙇跋提長者慳貪妻を教化
 跋提長者は
 仏の御弟子、迦葉・目連・阿那律等の教化で、
 邪心を捨てて善の道に入った。
 一方、その妻は慳貪で、眼を守るが如くに、人に物を惜しむ。
 常に、金銀帳の内に居り、煎餅を造って食す事を愛好。
 仏の御弟子 賓頭盧尊者は、釈尊の御父方の従父の弟だが
 賢相第一の人である。
 その慳貪女が極めて邪見なので教化しようと女の家を訪問した。
 門が閉じられていたが、神通力で空から飛入。
 鉢を捧げ、煎餅を食っている女の所に近寄り、煎餅を行乞。
 女は深く惜しんで、更に供養しようとはしない。
 朝より未時迄、立って乞うのだが、
 「譬え、立ち続けて死んでしまても、
  我は、更々、供養するつもりはない。」と。
 その時に、尊者は倒れて死んでしまった。
 すぐに、その臭気が、家の内に充満してきて
 上も下も大騒ぎになってしまった。
 女人を呼んで、遺骸を曳いて捨むようと考え、
 先ずは3人で曳かせたが動かない。数人づつ加えても、動かない。
 100〜1,000人を以てしてもに、いよいよ重くなりさっぱり動かない。
 臭香はいよいよ堪難くなって来たので、
 女は尊者に向ぅて呪った。
 「汝、和上、蘇生して頂けるなら、
  我、煎餅を惜しまず与へ申し上げるのだが。」と。
 その時、尊者は、忽然として蘇生し、立ちあがり、又、乞う。
 女は、
 「供養せずにいると、又、死ぬのだろう。」と考え、
 鉢を取って、煎餅2枚を与えたところ、鉢には煎餅が5枚有った。
 女は3枚を取り返そうとして、互いに鉢の引き合いになってしまった。
 その時、和上が手を放し、鉢を捨てたので
 そ其の鉢が、突然、女の鼻に付いてしまった。
 鉢を取り去ろうとしても、全く落ちない。
 お灸を据えたかのように、離れないのである。
 その時、女は和上に向って、手を摺りながら、
 「この苦を免しで下さるよう。」と請う。
 和上は、
 「我が力ではそこまで及ばず。
  汝、速やかに我が大師の仏の御許に詣でて、問い奉るように。
  それでよければ、我、汝を伴って、仏の御許に参上いたす。」と。
 女は参詣の由縁を尋ねた。
 和上は、
 「種々の財宝を伴って参詣するように。」と。
 その教に随って、種々の財宝を五百両の車に積載。
 1,000人の人夫に荷を運ばせ、仏の御許に。
 釈尊は、慳貪女にお会いになり、その女の為に法を説かれ、
 教化されたのである。
 女は、その法を聞いて、阿羅漢果を得た。
 慳貪の心も捨てたのである。


天人。
《帝釈天》🙇盧至長者教化
 盧至長者は、非情にして慳貪な富豪。
 妻の眷属のための物でさえ、徹底的にむ体質。
 誰も居ない所で一人で食事を摂るのだが、
 鳥獣が来るような場所も避ける程。
 そんなところを見つけての飲食を好み、
 それこそが歓楽と、歌舞して詠うような御仁。
   我今節慶際 縦酒大歓楽 踰過沙門 亦勝天帝釈
 と誦し、瓶を蹴って舞い、大いに喜んだり。
 その時、
 帝釈天が釈尊の御許への参詣で、
 この様子に気付き憤怒。
 帝釈天、早速、そっくりな偽者長者に化身し
 蔵を開け、財産全てを皆に分け与えてしまった。
 妻子・眷属は奇異と思っていたところ
 本物が帰宅し、誰も、化身と見分けがつかない。
 ついに国王のもとに行くことになったが
 尚、決着しないので釈尊の許に参詣。
 すると、途端に、帝釈天が元の姿になり
 盧至長者の生き様を申し上げた。
 そこで、釈尊が盧至長者に説法。
 その結果、長者は仏道を得て歓喜。

出典元は「盧至長者因縁經」。そちらには、詳しい上に以下の"偈"が並ぶ。「今昔物語集」編纂者は、ここが大いに気にいったのではなかろうか。帝釈天をおちょくる句しか記載してはいないが、仲間同士で、"偈"を唱和して愉しんだ可能性もあろう。
そこで天人ではあるものの、原典が釈尊の弟子然とした描き方をしているので、衆生教化団の一員とみなして、そのグループということで収録に踏み切ったのでは。
○ 所施因不同 受果各有異 信施志誠濃 獲報恣心意 若不懷殷重 徒施無淨報 盧至雖巨富 輕賤致嗤笑
○ 縱令帝釋 今日歡樂 尚不及我 況毘沙門
○ 誰有年少人 與我極相似 共我所愛婦 同床接膝坐 所親家眷屬 見打驅逐出 所親皆愛彼 安止我家中 我忍飢寒苦 積聚諸錢財 彼今自在用 我無一毫分 猶如毘沙門 自恣於衣食 城中諸人等 各各生疑怪 皆作如是言 此事當云何 中有明智者 而作如是言 此間淫狡人 形貌似盧至 知其大慳貪 故來惱亂之 我等共證拔 不宜便棄捨
○ 憂苦怖畏者 王為作救護 貧窮困厄者 王當作親友 正真修善者 王共為法朋 於諸惡行者 王為作象鈎
○ 佛日久已出 能救濟世間 解脱諸過惡 乾竭愛欲海 面如盛滿月 神通具足眼 三界悉敬養 一切中自在 大悲者必能 除滅我等疑 一切皆稱讚 此事為善哉
○ 常為慳所伏 不肯自衣食 以五錢酒 著鹽而飲之 飲已即大醉 戲笑而歌舞 輕罵我諸天 以是因縁故 我故苦惱之

そして、"即得須陀(煩悩を初めて脱した境地)果。"と。

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