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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.7.22] ■■■
[388] 本朝社会規範攷
およそ説教のタネにはなりそうもないし、ご教訓もわざとピント外ししていように感じさせる本朝悪行譚3ッを取り上げておこう。
  【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
  [巻二十九#_4]隠世人聟□□□□語
  [巻二十九#24]近江国主女将行美濃国売男語
  [巻二十九#29]女被捕乞丐棄子逃語

そもそも、悪行譚は仏罰あるいは、それなりの報いがあるとか、突然にして発心という筋にするのが。一般的な説話集である。「今昔物語集」はその手の教宣臭を全く感じさせないところがウリ。
従って、持て囃されるのは【本朝世俗部】ということになりがち。
しかし、そこだけ眺めても、編纂者が意図している仕掛けに乗って楽しむことは、おそらく無理。特に、この3譚の場合、"なんだろうね感覚"を得るだけで通りすぎるしかないからだ。
小生は、ココにこそ、「今昔物語集」の画期性があると睨んでいるので、尚更、そう思うのである。

ここから、少々、理屈めいた素人考を述べるが、この理解に必須なので忍耐力を発揮してお読み頂ければ幸い。

社会規範とは、構成員の望ましい行為を指し示すもの。
これには、規則と期待の2種類がある。
この場合注意が必要。どちらもその設定に理由などないし、必要な訳でもない。そうは思ってない人の方が多いかもしれないが。

2つには画然とした相違がある。前者は"制定者"が自分の思いで決めたものだが、後者は皆がそう"期待しているだろう"との思い込みで誰かが決めたものだからだ。
両者は拘束力の違いと考え、なんらかの罰則規定を伴うと規則であって、推奨されているだけだと期待と見てはいけない。大多数の構成員が表立って否定的な態度をとれば規則はその時点で有名無実になるし、制定者が拘れば社会は分裂するしかない。一方、なんらの罰則規定がなく期待されるだけと称していても、従わなければ村八分的扱いを受けるのが後者であり、拘束力は前者より弱いとはいいがたい。
マ、どちらにしても、ある時点での社会状況を勘案して考えたものでしかない。
従って、「今昔物語集」に記載されている話は、当時の社会規範がどのようなものだったかわからないと、間違って受け止めることになる。
我々は、どうしても、現代の社会規範で読んでしまうから、当時とのズレが大きいと、"なんだろうね感覚"が生まれてしまうことになる。

・・・ということで、なんとなく考え方をお分かり頂けたらそれで十分。

早速、お話を見ていこう。

 山の中を乳児を抱いて歩いていた母親の後から
 乞食が二人やってきて、
 犯そうとする。
 そこで、下痢中なので、
 一寸、待ってくれるよう頼み、
 人質として赤ん坊を置いていく。
 女は一目散に逃げ、
 道で出会った武士に事情を話すと
 乞食成敗に行ってくれたが
 そこには赤ん坊の死骸しかなかった。

母親は、子を失い悲しいとはいえ、後悔していない。
武士は、子を棄て逃げたことを賞賛。
一行ご教訓は、下衆でも恥を知る者が居ると言われている、と。
乳児の命より、操の方が重要であるというのが、社会規範ということ。
この社会にとってはそれが好都合というだけで、理由などすべて後付け。仏法の世界とは次元が異なるのである。

インターナショナルな視点とは、社会規範とはこの程度のもであることを理解した上で、今住んでいる社会の特質を見抜くことでもある。
読み手は、考えてもみよ、と呼び掛けているとも言えよう。
  この女は、何故、このような危ない山道を歩かねばならぬのか?
  この乞食は、何故、山道を歩いているのか?

そこらを考えると、「今昔物語集」編纂者は、どうせ殺されるのだから、なんとかして生き延びようと、頭を働かせた訳ですナと見ていそう。


 近江での話。
 夫が病気で逝去。
 30才位の妻が残された。
 頼りにしていた使用人にだまされ、
 美濃のとあるお屋敷に売られてしまった。
 絶対に承服せずと決意し絶食。
 7日で死んでしまった。
 家主丸損。

実質的な人身売買が行われていた訳である。しかも、仕えていた男がその代金を頂戴している。どうにもならないのである。
通い婚も、仕えている者が手配する仕組みだから、驚くようなことではなかろう。新しい家に、本人が満足するかどうかだけのこと。
本朝は、遺産継承もいい加減なところがあり、後ろ盾がなければ一代で消え去るような社会。
下衆に騙された、例外的で哀れな女とされているが、単なる妻という地位はもともと不安定。すぐに出家するなり、妻としてどこかに入り込む道を探さないから、こうなったに過ぎまい。


 身寄りの無い男が婿の口を探していると、
 不自由なく暮らしている独身女を紹介された。
 そこで、その女の家に通っていたが、
 そのうち妊娠してしまった。
 すると、女の親という、強面の男が現れ、
 生活の面倒は見てあげるから、
 娘を御願いしたい、と。
 蔵の鍵に加え、近江の荘園の預かり状まで置いていった。
 どうすべきかじっくり考え、
 夫婦として一緒に暮らすことに。
 蔵を開けると、手紙があり、
 ことの次第がしたためてあった。
 昔、知り合いに加担し恥をかいてしまった。
 世間に顔を出せないものの、財産だけは十分ある。
 なにとぞ、娘を宜しく、と。

常識的には、この親は盗賊一味の親玉。娘をそんな環境に置きたくないのだろう。
婿的に入った男は、現代ならさしずめ逆玉譚だが、たまたまの幸運というほどのものでもなさそう。親類縁者のネットワークが無いから、世俗社会で生きていくなら、もともとそれしか道無しと考えていたようだし。
この話の肝心なところは、女性が何を考えているのかさっぱりわからない点。しかし、そのような態度をとることが当時の社会規範に従うことだったのだろう。

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