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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.8.11] ■■■
[408] 斫斷臂
💪巻二は、釈尊が語った因縁譚集と見なすこともできる。その手の書から引いている訳だが[→釈尊初期教説記]、それは説教の種本として使われていたと思われる。
一方、そこからの引用集 「今昔物語集」は教説用ではない。
従って、引用に当たって、潤色や間違いがあることに気付いても訂正する意味はほとんどなかろう。それが、仏教書に書かれている"事実"なのだから。と言って、ママ引用に拘っている訳ではない。
談論に面白いと思えば、大胆な削除・改変もОKだし、いい加減な翻訳も許容範囲内。そうした姿勢こそが、自由なサロン的談論を支えるものだからだ。

そんな雰囲気を感じさせる譚ではないが、元ネタの経典のうち、どういう箇所を削除しているのか、わかり易い例を見ておきたい。
  【天竺部】巻二天竺(釈迦の説法)
  《28-32 殺傷報》
  [巻二#32]舎衛国大臣師質語
  ⇒(失譯@東晉)「佛説菩薩本行經」巻上[5]

メインストリームはこんな粗筋。・・・
 (釈尊が舎衛国の祇樹給孤独園にいた時、)
 師質大臣が、教化に訪れた舎利弗の説法を聞き
 持てる財産も妻も、弟に譲って出家。
 ところが弟は、兄が戻ることを恐れ
 賊を使って殺害をたくらむ。
 雇われ殺し屋に、お命頂戴と迫られた師質は、
 聞法に至るまでの時間が欲しいと
 腕を切断し命乞い。
 お蔭で解脱ができた。
 釈尊の前世説法…
   婆羅達王が激怒。辟支仏の臂を切断。後、懺悔。


以下、原典との対応。
聞如是: 一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。
今昔、
佛尊弟子名舍利弗,晝夜六時,常以道眼觀於衆生,應得度者輙往度之。
舎利弗尊者、常に智恵の眼を以て、衆生の中に得度すべき者を見て、輙く得度せしめ給ふ。
王波斯匿有一大臣,名曰師質,財富無量,
其の時に、舎衛国に波斯匿王の一人の大臣有り。名をば師質と云ふ。家大に富て、財宝無量也。
應時得度。時,舍利弗,明日晨朝著衣持鉢,往詣其家而從乞食。
此人、得度すべしと見て、舎利弗、彼の家に行て、乞食し給ふ。
於是師質見即作禮,問訊請命入坐施設床座飯食。
大臣、此れを見て、礼拝恭敬して、請じ入れて、食を儲て供養す。
時,舍利弗,食訖澡手漱口,為説經法:
尊者、供養を受畢て、大臣の為に法を説て云く、
富貴榮祿衆苦之本,居家恩愛猶如牢獄之中,
「富貴栄禄は、衆苦の本也。家に居て、妻子を愛する事は、牢獄の如し。
一切所有皆悉非常,三界尊貴猶如幻化,五道生死轉貿身形無有吾我。
一切の有ゆる所は、皆悉く無常也」と。
師質聞法心意悚然,
大臣、此を聞て、心に歓喜して、即ち道心を発しつ。
不慕榮貴不樂恩愛,觀於居家猶如丘墓,便以居業一切盡以以付其弟,便剃鬚髮而著袈裟,便入深山坐禪行道。
家業及び、妻子・眷属を弟に付嘱して、出家して、山に入ぬ。
其婦愁憂,思念前夫不順後夫。
其の後、其の妻、大臣を恋悲むで、弟の語に楽しまず。
後夫問言:
其の心を見て、弟の云く、
「居家財産珍寶甚多,何所乏短常愁不樂?」
「汝ぢ、『今は我れと夫妻として、他の心無かるべし』と思ふに、何の故に、常に愁たる気色有るぞ」と。
其婦報言:「思念前夫是以愁耳。」
妻の云く、「我れ、前の夫大臣を恋るに依て、歎き愁へる也」と。
其夫復問:「汝今與我共為夫婦,何以晝夜思念前夫?」
___
婦復答言:「前夫心意甚好無比,是以思念。」
___
其弟見嫂思念,恐兄返戒還奪其業,便語賊帥:「雇汝五百金錢,斫彼沙門頭來。」賊帥受錢,往到山中見彼沙門。
其の時に、弟、賊人を語ひ雇ひて、兄を殺さむが為に山へ遣る。賊人、其の語を得て、山に行て、
沙門語言:「我唯弊衣無有財産,汝何以來?」
___
賊即答言:
沙門に遇て云く、
「汝弟雇我使來殺汝。」
「我れ、汝の弟の雇へるに依て、汝を殺さむが為に爰に来れり」と。
沙門恐怖便語賊言:
沙門、此の事を聞て、恐れ怖て云く、
「我新作道人,又未見佛不解道法,且莫殺我!須我見佛少解經法,殺我不遲。」
「我れ、新に路に入れりと云へども、未だ仏を見奉らず、法を悟らず。暫く我を殺す事無かれ。我れ、仏を見奉り、法を聞て後、我れを殺すべし。其の事、遠からじ」と。
賊語之言:「今必殺汝不得止也。」
賊人の云く、「我れ、汝を免すべからず」と。
沙門即舉一臂而語賊言:「且斫一臂,留我殘命使得見佛。」
其の時に、沙門、臂を挙て、賊人に与へて云く、「我が一の臂を斫て、命をば暫く留めよ。猶仏を見奉らむ」と。
時,賊便斫一臂持去與弟。
賊人、然れば、命を殺さずして、臂を斫て持去ぬ。
於是沙門便往見佛,作禮却坐,
沙門、即ち仏の御許に詣て、仏を礼拝し奉るに、
佛為説法:
仏、為に法を説給ふ。
「汝無數劫久遠以來,・・・」↓*
___
於是沙門聞佛所説豁然意解,即於佛前得阿羅漢道,便放身命而般涅槃。
沙門、法を聞て、羅漢と成て、即ち涅槃に入ぬ。
賊擔其臂往持與弟
賊人は、臂を持行て、弟に与ふ。
弟便持臂著於嫂前,語其嫂言:
弟、兄の臂を得て、妻の前に持行て云く、
「常云思念前婿,此是其臂。」
「汝が恋悲める前の夫の臂、此れ也」と。
其嫂悲泣哽咽不樂,
妻、此れを見て、哽て云ふ事無くして、歎き悲む事限無し。
便往白王。王即推,如實不虚。便殺其弟。
妻、波斯匿王の宮に詣て、此事を王に申す。王、具に聞て、嗔を成して、其の弟を捕へて殺しつ。
諸比丘有疑,問佛:
其の時に、比丘、仏に白して申さく、
「而此沙門前世之時,作何惡行今見斫臂?修何コ本今世尊得阿羅漢道?」
「今、此の沙門、前世に何なる悪業を造て、今、臂を斫て、又仏に値奉て、道を得ぞ」と。
佛告諸比丘:
仏、比丘に告て宣はく、
「乃昔過去世波羅奈國,爾時,有王名婆羅達,出行遊獵馳逐走獸,迷失徑路不知出處。草木參天,無餘方計而得來出,大用恐怖,遂復前行,見一辟支佛。
「乃往過去に波羅奈国の達王、の遊に出し時に、山に入て、道を失なひて、行方を知らずして、草木の本に住して、道を求むる間に、山の中に一人の辟支仏有り。
王問其言:『迷失徑路從何得出?軍馬人衆在於何所?』
王、辟支仏に、『道を教へよ』と云ふに、
辟支佛臂有惡瘡不能舉手,即便持脚示其道徑。
辟支仏、臂に悪き病有て、手を挙るに能はずして、臂を以て道を教ふ。
王便瞋恚:『此是我民,見我不起,反持其脚示我道徑?』王便拔刀斫斷其臂。
王、此を嗔を成して、刀を抜て、辟支仏を斬る。
時,辟支佛意自念言:『王若不自悔責以往,當受重罪無有出期。』
辟支仏の云く、『王、若し此の罪を懺悔せずば、重罪を受べし』と云て、
於是辟支佛即於王前,飛昇虚空神足變現。
王の前にして、飛て虚空に昇て、神変を現ず。
時,王見之以身投地,舉聲大哭悔過自謝:
王、此を見て、『我れ、証果の人を斬れり』と思て、地に倒れ音を挙て叫て、悔ひ悲むで云く、
『辟支佛!唯願來下受我懺悔。』
『願は、辟支仏、返り下り給て、我が懺悔を受給へ』と。
時,辟支佛即便來下受其懺悔。
辟支仏、即ち返り下て、王の懺悔を受く。
王持頭面著辟支佛足,作禮自陳:
王、頭面を以て、辟支仏を礼拝して、白して言さく、
『唯見矜愍受我懺悔,願莫使我久受苦痛。』
『唯し、願は哀憐を垂れて、我が懺悔を受給て、受苦の報を除き給へ』と。
時,辟支佛便放身命入於無餘涅槃。
辟支仏、聞畢て、即ち涅槃に入ぬ。
王便收取耶旬起塔,花香供養,常於塔前懺悔求願而得度脱。」
王、其の所に塔を起て、供養しつ。其の後、常に其の塔にして、此の罪を懺悔して、終に度脱を得たり。
佛言:
([以下]説き給けり)
「爾時王者,此沙門是。
今、此の沙門は、昔の達王、此れ也。
由斫辟支佛臂,五百世中常見斫臂而死,至于今日。
前世に辟支仏の臂を斬るに依て、今、臂を斫るる也。
由懺悔故不墮地獄,解了智慧而得度脱成阿羅漢道。」
懺悔を致せるに依て、地獄に堕ちずして、今、道を得たる也」と、説き給けり
佛告諸比丘:「一切殃福終不朽敗。」諸比丘聞佛所説,莫不驚悚,頭面作禮。
となむ、語り伝へたるとや。
↑*:汝無數劫久遠以來,割奪其頭手脚之血,多於四大海水,積身之骨高於須彌,涕泣之涙過於四海,飲親之乳多於江海,汝從無數劫以來不但今也。一切有身皆受衆苦,一切衆苦皆從習生,由習恩愛有斯衆苦,癡愛已斷不習衆行,不習衆行便無有身,已無有身衆苦便滅,唯當思惟八正之道。

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