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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.8.20] ■■■
[417] 陥没湖
華中平野の中央に位置する安徽の東部、長江下流域にある馬鞍山の古名は陽縣/和州陽湖(周七十里@「廣輿記」)が西部にあったとされる。現在のどの湖かは定かではない。

場所的にはココから少しずれるが、この近隣で、200万年以上前、3,000平方Km以上ある通称"巨浸"丹陽湖が生まれ、有史期にこれが分裂し、幾つかの湖(南湖, 固城湖, 石臼湖, 等)が出現したと推定されている。
この辺りで大きな地殻変動があったのは間違いなさそう。
  夫陽之都,一夕反而為湖, [劉安:「淮南子」卷二俶真訓]
  陽之郡,一夕淪入地中而為水澤,今麻湖是也。不知何時。
  『運斗樞』曰:「邑之淪陰,陽,下相屠焉。」 
[干寶:「捜神記」巻六]

「今昔物語集」に、この陥没湖出現を話題にした譚が収載されている。
  【震旦部】巻十震旦 付国史(奇異譚[史書・小説])
  《36-40 他》
  [巻十#36] 嫗毎日見卒堵婆付血語

卒堵婆が登場せず、同一ではないものの、ほぼ元ネタと見てよさそうな話を見ておこう。
  ⇒李ム:「太平廣記」卷百六十三讖應1陽媼
  陽縣有一媼,常為善。
  忽有少年過門求食,媼待之甚恭。
  臨去謂媼曰:「時往縣門,見門有血可登山避難。」
  自是媼日往之,門吏問其,媼具以少年所教答之。
  吏即戲以血,
  明日,媼見有血,乃攜籠走上山。
  其夕,縣陷為湖,今和州陽湖是也。   〈(出《獨異記》)

 歴陽縣に住む媼だが、常に善行を尽くしていた。
 ある時、少年が食を求めて門にやって来たので、
 温恭にもてなした。
 すると、去るに臨んで告げたのである。
 「時折、縣門へ往つて門の閾を見るとよい。
  もし、そこに血が付いていたら、山に登って避難すべし。」
 媼はこの言葉通り、毎日縣門に往った。
 その状況を見ていた門吏から尋問を受けたので
 媼は少年から教えられたことを答へた。
 そこで、門吏が戲れにの血を門の閾に塗っておいた。
 翌日、血を見つけた媼は、即刻に籠を携へて山へ走って上った。
 その日の夕方のことである。
 縣は陷沒し湖と化した。
 今、和州にある歴陽湖がそれである。


「捜神記」には、秦の始皇帝代、大洪水で県域が水没し湖になった話も別途収録されている。ここでは、天変地異の異常告知は鶏ではなく犬の血である。しかも官吏が魚にされる。阿漕な統治で天帝怒るの図だろうか。
  由拳縣,秦時長水縣也。
  始皇時童謠曰:「城門有血,城當陷沒為湖。」
  有嫗聞之,朝朝往窺。門將欲之。嫗言其故。
  後門將以犬血塗門,嫗見血,便走去。
  忽有大水,欲沒縣。
  主簿令幹入白令,令曰:「何忽作魚?」
  幹曰:「明府亦作魚。」遂淪為湖。 [干寶:「捜神記」巻十三]


「今昔物語集」の場合、場所も時代も記載無しにしているし、使われた血は、若者が自ら創った切り傷のもののように思えるので、違うソースの可能性も残ってはいるものの、編纂者が"小説"に挑戦したとみるのが自然では。
書こうとのパトスからではなく、"陥没湖"が、とてともない規模の大洪水に映るからでは。震旦から見れば、滝のような河川の側で猫の額のような地に暮らしているのが本朝。そんな箱庭の地での洪水感覚で、超大型というだけでは、天変地異感覚として面白くないということ。一山が崩れるとなれば、これはとんでもないことである訳で。
 大きな山の頂上に卒塔婆が立っており
 麓に住む80才前後の媼が毎日登って礼拝していた。
 山は高くて、道は長く険しく、大変だが、
 風雨であろうが中止せず、
 雷が鳴っても恐れることもないし
 寒暑にかかわらず一日も欠かすことがなかった。
 どうしてそこまでするか誰も知らないママだった。
 猛暑の夏のこと。
 若き童子達が、卒塔婆に涼みにやって来た。
 腰が二重に曲がった媼が、杖に寄り掛かりながら、
 汗を巾で拭いながら登って來て、
 卒塔婆を廻って礼拝するのを
 一度ならず見かけているので、
 今日こそはその理由を尋ねてみようということに。
 翁が言うには
 もう70年以上、毎日来ていると言う。
 「媼の父は120才、祖父は130才、そのまた父や祖父は200才の長寿。
  彼等からの言い伝えがあり、
  "もしこの卒塔婆に血が付いた時は、
   この山が崩れて深い海になる。"と。
  そして、父からの申し受けがあり、
  "麓に住む身であるから、
   山が崩れたら、打ち襲われれば死ぬしかない。"と。
  そこで、
  "もし、血が付いたら逃げ去ろう。"と考え、
  こうして毎日卒塔婆を見に來るのです。」
 これを聞いた男共は、嗚呼者とみなし、大笑い。
 「山が崩れる時は告知して下さいませんか。」と言い、
 さらに笑う。
 媼は、
 「それはそうです。
  自分独り助かろうと考えてはおりませんから、
  告知するつもりです。」と答え
 卒塔婆をめぐってから下山していった。
 男共は
 「今日はもう登っては来ないだろう。
  明日卒塔婆を見に来た時、驚かせ、
  走らせて、それを笑ってやろうではないか。」と、
 血を出し、卒塔婆に塗ってから、下山したのである。
 さらに、里に戻って、その由を皆に語った。
 山が崩れるとは、と皆揃って大笑い。
 翌日になり、登山した媼は血を見つけて仰天。
 転びながら下山し、皆に告知。
 その上で帰宅し、子孫に家財道具を荷負わせ、
 里から去ったのである。
 卒塔婆に血を塗つた男共は笑い馬鹿にしていたが、
 そのうち、世界はさざめき落ち着かなくなり、
 風か雷か、と思っているうちに空が真暗闇に。
 奇異で恐ろし気な雰囲気。
 すると、山が動き出し、崩れに崩れ始めたのである。
 その時になって、媼は真実を言ったのだとしても後の祭り。
 逃げおおせた者もいたが、親も、子も、逃げる先無し状態。
 家財道具などどうなったか全くわからない、
 ただただ叫ぶ以外に手無し。
 一方、媼だけは子孫を引き連れ、
 家財道具は一つたりとも失うことなく逃げ、
 他の里で静かに落ち着いていた。
 媼を笑った者共は、逃げることができず、皆、死んだ。


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