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2006.3.16
 
 


アザラシ問題…

 カナダ政府が、Newfoundland等での、30万頭以上の子アザラシの補殺を解禁したそうだ。この数は、生まれた頭数の3分の1を超えるそうだ。
 ビデオでこの補殺シーンを見れば誰でもギョッとなる。撲殺で氷は血で染まっているし、まだ息をしている苦しそうなアザラシの顔を見てしまうからである。

 当然ながら、PETAのような動物保護団体が、この残虐性を訴えて、反対運動を繰り広げることになる。 (1)

 もっとも、カナダ政府からみれば、やるべきことをしただけにすぎない。

 “狩猟と漁労は、現在でも多くのイヌイット族に新鮮な蛋白源を供給している。アザラシ猟やワナ猟もある程度続いているが、かつては大きな経済的価値をもっていたのが、反対運動のせいで大きな打撃を受けた。しかし、毛皮の収獲は依然としてイヌイットの文化の一部であり、狩猟は食糧の大半を供給するほか、貴重な現金副収入になっている。”[2003年12月12日](2)
 おそらく、イヌイットにとっては、漁労しか職業はなかろう。と言って、鱈を細々と獲ったところで、生活費にもならないだろうから、昔からのアザラシ猟以外に食べていく道があるとは思えない。

 従って、アザラシ猟に反対するということは、昔から住み着いている少数民族を力ずくで移住させ、無理矢理に別な職業に就かせるのと同義である。まさに、独裁政権さながらの施策と言わざるを得まい。
 どんな手段を使っても、アザラシ猟を止めさせたい人達がいるということである。

 言うまでもないが、このような漁獲文化を容認するのは、カナダ政府だけではない。
 ノルウエー政府も、アザラシは、人間の食料である魚を大量に食すし、漁獲資材を傷めたり、養殖場を荒らすため、捕獲は不可欠と考えてきた。[2003年](3)
 日本でも、トドによって定置網を破られたりしているようだから、漁業被害は相当大きい筈である。(4)

 しかし、反対勢力にとっては、そんなことには何の関心もない。

 根本には、動物の権利を守ろうとの思想があるのだ。

 但し、この思想には例外がある。西欧でビジネス化している経済動物は対象から外すのである。
 要するに、西欧文化の押し売りなのである。

 文化的な対立を煽ることが嬉しい人が増えているのは間違いないようだ。こんなことを続けていれば、肝心なことから目をそらすことになりかねない。

 アザラシの種の維持が課題なら、そのために何をすべきか考えるべきだと思う。

 と言うのは、そもそも、アザラシが減ったのは、漁民の捕獲が最大の理由とも思えないからだ。漁民は、大昔から食用にアザラシを獲っていた訳で、最近の捕獲量は減っている筈だ。
 数が急減しているなら、有機塩素物質(PCBやDDT)汚染で生殖能力が低下した可能性の方が高そうである。もともと、食物連鎖によって、有機塩素物質はアザラシの脂肪に蓄積する。しかも、この蓄積物は、胎盤と乳を通じて、子供に移行するらしい。そうなると、世代を通じて蓄積は進まざるを得ない。(5)

 この変化は止めようがあるまい。
 文化的対立を煽って衆目を集めのではなく、こんな状況で何をすべきか、よく考えた方がよいと思うのだが。

 --- 参照 ---
(1) http://www.furisdead.com/feat-harpseal.asp
(2) http://www.canadanet.or.jp/about/faq_inuit.shtml 
(3) http://www.norway.or.jp/policy/environment/marine/sealing.htm
(4) 稚内水試 http://www.fishexp.pref.hokkaido.jp/exp/wakkanai/04sakana/04-14hireashi/04-13hireasi.htm
(5) http://cicplan.ori.u-tokyo.ac.jp/miyazaki/Baikal.htm


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