↑ トップ頁へ

2008.10.9
 
 


原油価格高騰をどう見るか…

 原油価格が下がってきた。
 右図はNew Mexicoの価格だが、140ドルまで高騰したが、90ドルに近づいてきた。と言っても、2005〜2007年は、高い時もあったが、ほぼ50/60ドル台で動いていたのである。それから比べれば、まだまだ高いレベル。
 これを見て、「原油価格上昇は経済成長を鈍化させるかも知れないが、環境を配慮するように働くから、まあいいんじゃないの。」と考えていた人達はがっかりしているようだ。
 2008年10月の経済レポートにも、“原油高騰がもたらし得たパラダイムシフトの絶好の機会を失うかもしれない”(1)と記載されていたりするところを見ると、低炭素社会を実現するためには、原油価格高騰は追い風と見ている人は少なくないのだろう。

 小生は、この見方は間違っているのではないかと考えている。
 原油価格が高騰すれば、消費を抑えるし、高価とされていた天然ガスへの転換が進む可能性は否定できないが、世界全体で見れば、安価な石炭エネルギーへの転換が進むのは間違いないからだ。言うまでもないが、これが環境にプラスになる訳がなかろう。
 そもそも、石油消費抑制ムードが高まれば、石油分野への投資が減るし、この分野の技術開発も低調になるのが資本主義社会である。心情的には、歓迎したくなるだろうが、それがどんな副作用を与えるかよく考える必要があろう。今もって、代替エネルギーは補完程度の役割しか果たせない状態であり、その一方、石炭資源は世界中に分布し、安価に調達できるのだ。下手に動けば、低品質の石炭が世界中でボンボン燃やされるかも知れないのだ。物理的な力でも発揮しない限り、その流れを阻止するのは極めて難しい。

 それ以上に問題なのは、この価格がバブルである可能性が高い点である。
 小生は、Yamani前サウジアラビア石油相が、“we might be surprised to see oil prices dropping in the future.”(2)と語ったのも当然だと思う。価格設定の仕組みが余りに歪んでいるからだ。
 現実をみすえる必要があろう。

 まあ、エネルギー分野はまともな情報が乏しいから、(と言うより、正確に言えば、信頼に足る情報を入手したければ、相当なお金が必要ということ。)全体の状況を理解するのは簡単ではないが、じっくり考えればそれなりに見えてくるのではないかと思う。
 ここで、素人がシナリオを提示したところで、たいした意味はないから、状況を見誤らないようにするために、注意すべき点を指摘しておこう。

 重要なのは以下の点。
  ・資源は有限であるから、石油が枯渇するという考え方自体はおそらく正しい。
   ただ、これは20年以上先の問題である。
   先物価格がそのような長期問題で大きく左右されるとは思えない。
  ・ここ5年のスパンで、原油全体の需給バランスが崩れることはなさそうである。
   しかし、低硫黄原油の需給バランスは崩れる可能性の方が高い。
   従って、低硫黄原油価格高騰を避けるのは難しいかも知れない。
 要するに、一般エネルギー用なら、石炭や天然ガス代替が可能だから、いくら中国やインドが発展したところで需給バランスが壊れることはないということ。ただ、ガソリンだけは代替品への流れがほとんど無いに等しいし、製油所のキャパシティに余裕がないので、どうしても低硫黄原油需要が高まるというだけの話。
 (Bush政権の応策は、エタノール添加ガソリン。民主党は、石炭液化を進める政策。)

 ここの理解は重要だと思うので、少し書き足しておこう。

 ガソリンの世界需要は確実に増えることは昔からわかっているのだが、環境運動の結果、脱ガソリンのムードが蔓延しており、兆円レベルの投資が必要な石油精製工場新設はできる限り避けてきたというのが、石油精製業界の実情だと思う。このため、50年以上の古い施設を補修しながら需要に対応してきた訳である。おかげで、世界のガソリン生産キャパシティにはそれほどの余裕はない筈である。さらに問題なのは、脱硫設備投資を避けてきた工場は、中東の硫黄分リッチな原油が使えない点。
 このため、産出が限られている低硫黄の“高級”原油の需給状況はタイトになってもおかしくない。つまり、WTIの不安定化は必定ということ。しかし、高硫黄の“低級”品でも、脱硫設備がある工場ならガソリンは作れるから、産業全体のバランス維持のため、“低級”品は“高級”品価格に合わせた価格設定がなされていく。不合理な仕組みだが、これが現実。

 原油価格は、投機で変動を受けやすい状態になっているのである。WTIは、50ドルも、200ドルもありえると見てよいのではないか。
 もう少し説明しておこう。
 消費側の原油価格は、WTIのように自由市場で決まる。メジャーがいくら巨大といっても、シェアなど微々たるものだし、商品先物市場に膨大な資金が流れ込んできたから、価格変動が大きくなっておかしくないのである。
 ただ、価格調整機能が弱い理由を、投機資金大量流入の問題と見るべきではないと思う。実態から言えば、自由市場ではないにもかかわらず、価格設定をWTIの自由市場に頼っているから、問題が発生しているだけのことである。
 原油供給が国家に握られており、販売者が自由度ゼロなのに、購入側は自由市場という、恐ろしく変則的な産業が出来上がっているのだ。これがまともに機能するのは、サウジアラビアがクッション役を担い、ガソリン生産能力が十分あった時だけで、これが両方とも失われれば、どうにもならなくなって当然である。

 ロシアやベネズエラのナショナリズム路線が目立つから、ここら辺りがさらなる価格の霍乱要因と見る人もいるが、原因と結果を間違わないようにしたい。これは価格高騰の結果でしかない。経済低迷を脱出する手段として、外資から利権を奪う方法が魅力的になっただけのこと。両者ともに、選挙で勝つためには、これが最善策なのである。
 そんなことを自信を持って言えるのは、リビア独裁政権の姿勢と比較することができるからだ。この政権の方針には、ナショナリズムなど微塵も感じられない。外資の自由競争を促進し、自国の経済発展を狙っているとしか思えない政策である。選挙で権力を失う恐れがなければ、こうなるという見本のようなもの。
 成熟した独裁政権のサウジアラビアに至っては、原油価格は最低50ドルが保証されれば十分というのが本音かも。お金が余った周辺国による、政権転覆を企てる反政府組織支援が強まる方が余程問題なのは明らかだからだ。

 --- 附記 ---
石炭は、炭鉱や輸送ルートに事故や障害が発生すると、一時的に需給バランスが崩れることは有り得る。しかし、単なるエネルギー源として公害発生を無視して利用する気になれば、質が悪い“低級”品はいくらでも掘り出せる。例えば、その気になれば、中国国内の沢山のミニ炭鉱を再稼動させることは難しいことではない。ただ、公害防止や安全性を無視するしかないのだが。・・・中国政府の石炭・石油価格統制策や、炭鉱規制を変えれば、状況は変わるということ。
尚、燃料用途とは違って、原料炭(鉄鋼向)は現在の技術レベルでは代替品は実用レベルにないようだ。従って、需給がタイトになれば、供給企業が寡占化しているから、価格が高騰しておかしくない。
 --- 参照 ---
(1) 西M徹: 「海外経済 〜原油価格の下落が遠ざける低炭素社会への道〜」 第一生命経済研レポート [2008.10]
  http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/monthly/pdf/0810_3.pdf
(2) “Former Saudi Oil Minister Yamani Calls for Change in Oil Pricing Policy” iStockAnalyst [2008.7.14]
  http://www.istockanalyst.com/article/viewiStockNews+articleid_2392006~title_Former-Saudi-Oil.html
(NYMEX LS Crudeのデータ) Petrloleum Recovery Research Centerhttp://octane.nmt.edu/gotech/Marketplace/year_prices.aspx?year=2008


 環境問題の目次へ>>>     トップ頁へ>>>
 
    (C) 1999-2008 RandDManagement.com