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2009.6.1 |
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保存活動を眺めて感じること…
特に、家屋が問題だ。人が住んでいれば、窓の開け閉めや掃除は当たり前のように行われるが、展示用になるとそうはいかない。常時開館できる状況に無いと、空気の入れ替えもなく、すぐに埃臭くなったり、湿気が溜まったりしかねず、公開中止になりかねないのでは。遺跡でもないのに、使えない家屋を保存しても意味はなかろう。 といって、毎日、部屋や庭・玄関の掃除するとなれば、えらい手間だし、古い建物はなにかと修理が必要となる。潤沢な資金があるならよいが、なんとか取り壊しを防ごうということで無理して頑張って存続している状態だと、何時運営に窮してもおかしくないのでは。 そんな話をしたりすると、英国のナショナルトラスト運動は資金も潤沢で、日本もそうなって欲しいと言う人が多い。 確かに、あちらの収入は388.5Mポンド(2)と巨額。羨ましいと感じるのは無理もない。 なにせ、(社)日本ナショナル・トラスト協会の事業活動収入は約1千万円。(3)ここからの給与手当支出が150万円。身軽でもかまわないとはいえ、これで組織が成り立つのか、驚く金額である。(土地等の資産は地域活動団体が所有するやり方だから、中央団体は各地のトラスト組織の交流を図る機関。) (財)日本ナショナルトラストはもう少し規模が大きい。こ ちらは、谷中・根津・千駄木地域での、和の家、“安田邸”保存活動で結構知られている組織だ。(4)(所有者が相続を放棄して、トラストに寄付されたとのこと。) だが、同財団にしても、保有土地建物は約6億円でしかない。基本財産(定期預金)は2千万円にすぎないのだ。(5) 主な活動は、文化庁保存事業。これが3千万ほどかかり、さらに保護管理費用が7百万円加わる。この他に、調査研究費に600万円。宣伝等と思われる普及費が600万円といったところ。 当然ながら、組織維持の費用が必要になるが、常勤理事長は無報酬。職員給与は総額で1,600万円。会議費と交際費合わせて35万円。文化庁保存事業費用はほぼ補助金でまかなう方針のようだから、この所帯では、官庁の書類作りの手数だけでも大変だろう。 せっかくだから、ホームページ(6)も拝見しておこう。 「4つの事業」が柱。だが、活動年表の最新は2000年3月31日なので、最近の状況はすぐにはわからない。 ・観光資源保護調査 “調査・保護事業一覧表は2001年3月31日現在” “最新の調査報告書は2005年度” ・保護資産は9箇所 ・ヘリテイジセンターは9箇所 “最新ヘリテイジセンター2007年11月オープン予定” ・事務局(鳴り砂、茅葺き民家、近代化遺産、湘南邸宅) 情報発信もなかなか大変なようである。 ・会報最新号は2009年4月 ・ブログの最新は2008年8月8日 ・「自然と文化」誌は2005年3月発行が最後で休刊。 ・トラストブック(100〜200円)は19冊子のうち6つが品切れ こうした数字を眺めていると、この運動は、日本の風土にあわないのかもしれぬという気がしてくる。なんといっても、一番の問題は、トラスト活動のプロフェッショナルを育てる場がなさそうな点。 熱意ある人はいるだろうが、活動に参加すれば、まちがいなく雑用や単純労働に追われそうだし、十分な賃金を払える余力があるかもよくわからぬからだ。 おそらく、他の分野のプロフェッショナルを集めて運動を盛り上げるしかないだろう。だが、そんなことをすれば、視点や価値観はバラバラになりかねない。独自のプロフェッショナルによる企画やマネジメントが不可欠だと思う。ところが、それができない状況なのだから、大変である。 なかでも厄介なのは、全国レベルでリーダーシップを発揮できる状況にない点。現地が独自に動くということは、良く言えば、地域の実情にあわせた活動だが、外部から見ると、そこに一番の危うさを感じる。 と言うのは、保全活動とは地域にとってみれば、雇用創出の公共事業でもあるからだ。従って、環境再生工事の傍らで、環境を壊す大型土木工事が行われてもなんら不思議ではない。静かな環境に合わせた建物の存続に成功しても、周囲に屋台が立ち並ぶかも知れないのだ。これが日本の現実では。 エコツアーにしたところで、地域経済振興のためであり、流行っているから挙行していると見た方がよかろう。そんな状況になることは、昔からわかっていたこと。なにせ、尾瀬の山小屋に風呂を作ったのだから。 それならどうしたらよいのかときかれても、答えに窮する。なぜなら、これこそが日本の特徴だからだ。簡単に、英国の真似などできないのである。 日本は、全国一律的に、中産階級的生活レベルを実現しようと動いてきた。そのためには、各地域にそれなりのビジネスが必要となる。しかし、簡単に雇用を創出できる訳がない。見えているのは、官庁的仕事の水増し、土木建築工事の創出、観光客誘致の3大分野だけと言ってもよいかも。 従って、日本は環境保全活動に理解が薄いとの見方は、ピント外れ。誰だって、自然環境を保全し、美しい建造物や、文化的象徴を壊したくないに決まっている。しかし、それは食べていく糧あってのこと。ありのままを残して雇用を生み出すなどおよそ考えられないのが現実。 おわかりだと思うが、昔からの文化を守りたければ、中産階級的な生活を望まない地域を作ればよいのである。しかし、そんなことができるとは思えまい。それだけのこと。 これがわかっていれば、英国のトラスト運動を美化する人も減るのではないか。リアリズムに立脚して考えれば、英国で、どうしてそんな運動ができるのか、素人でも想像がつくというもの。 だいたい、英国の発祥元など、言われなくても想像がつくではないか。貴族が、所有している土地を地域に公開しに決まっている。貧困層に対する思いやり施策である。資本家たるエンゲルスの著作を読んだことがあれば自明だ。間違ってはこまるが、この活動はマルクス主義からきているのではなく、キリスト者としての活動である。 言うまでもないが、これは、英国特有の現象ではない。 地下鉄広尾駅至便の有栖川宮記念公園にしても、“児童福祉を目的とする遊び場に深いご関心を寄せられていた高松宮殿下”が1926年に東京市に賜与したもの。上層階級に属す人々には、庶民の情操教育に対する責任感、あるいは使命感があるのだ。(7) 従って、このような活動が本格化すればプロフェッショナルが育つ。貴族や資本家の援助で、慈善団体が創設され、管理機能が高度化し、社会の状況にあわせ新たな取り組みも始まるのである。企画能力が高まり、労働者階級にレクリエーションの場が提供されるようになるのは流れ。これこそが、英国の伝統だろう。 ロンドンでクラシックコンサートのチケットが安価で手に入るのは有名な話。その気になれば、低所得層も、クラシック演奏会に気軽に行けるのである。だからこそ、プロムスのような愛国色が強いイベントが盛り上がるのだ。(それは、貴族に、国家のために、先頭に立って命を捨てる覚悟があることと表裏一体。大衆紙が王族の軍隊生活を記事にするのが、この国の風土。) ナショナル・トラストは、こうした情操教育的な活動に支えられて発生したものに違いないのである。 だが、それは、日本では嫌がれる流れかも知れない。ここを押さえておく必要があろう。 ケンブリッジのように、周辺の土地を大学が所有していることでもわかるように、階級社会的残渣はいたるところに残っているからこのような運動が活発になるともいえるのである。つまり、ナショナル・トラスト活動は、階級文化を固定化する運動と考える人が出てもおかしくないのである。 それを端的に示すのが、野山に囲まれたマナハウス。貴族階級が経済的に没落し、カントリーハウスの維持ができなくなったため、新たなパトロンを必要とした訳だ。それを是とするだけの力が中産階級についたから残せたとも言えよう。だが、それはビートルズ文化を生み出した層から見れば、唾棄すべき沈滞した文化に映っているかもしれない。社会主義国家ソ連が、国策でクラシックを労働者階級の音楽としたことに対する嘲笑と表裏一体のものでもある。 一方、日本は、貴族没落に伴う変化にほとんど手を打たなかった。文化的喪失を容認したと言ってよいのでは。
それは皇室建築にとどまらない。 日本初の御用邸があった熱海市を見るとよくわかる。 御用邸跡は、老朽化している市役所で、面影など皆無。そんな土地柄だが、市民運動の結果、旅館「起雲閣」(10)が保全されている。ここは、もともとは資本家(内田信哉/根津嘉一郎)の別荘。街中にポツンと存在している状況だが、熱海にはもともとは数々の別荘があったのである。 要するに、歓楽の大衆の街へと変身したため、その手の建築物は消滅したというに過ぎない。だが、その路線が行き詰まり、昔の別邸の街イメージを打ち出しているということ。それがペイするということで、税金が投入できる訳である。再建者団体に指定されかねない財政状況で、保全など簡単に踏み切れるものではない。 ただ、歓楽街といっても、別荘の町としても続いてきたのも確かである。未だに、岩崎家の別荘[非公開]も残っているし。と言っても、三井家の別荘は保養所ビル化したが。(ただ、崖下に茶室らしき建物があるようだ。) まあ、そうなるのも当然である。この並びにあった、久邇宮家別荘や、メキシカン風のユニークな建物、蜂須賀候別邸も取り壊されてしまったからだ。歓楽街へとひた走った街では、パトロンが登場する訳もなかったのだろう。 もっとも、蜂須賀候の三田本宅にしても、オーストラリア大使館ビルだ。昔を知る人もほとんどいなくなっているのが現実。それでも、ご近所には、綱町三井倶楽部は健在。(11)旧白金迎賓館(朝香宮邸)の東京都庭園美術館とは違い、嬉しいことに、こちらはまだ現役。古い建物は、できれば、こうした使い方をして欲しいものだ。フェイクの建物を建設して、レストランを開業できるのだから、使いづらくても古い建物を生かしたビジネスを進めて欲しいものである。建物は標本として残すのではなく、使ってこと良さが出るし、楽しいと思う。 だが、そんな企画を持ち出せば、文化を汚すとか、拝金主義と批判されること必定。それが日本の風土である。 多少脱線したが、英国のナショナル・トラスト運動を眺めるなら、こうした社会の流れを考えておく必要があろう。慈善活動から生まれたと勝手に解釈したが、それがある時点から社会改革運動に変わった筈である。これが、この運動の本質だと思う。情操教育の担い手が、貴族・資本家ではなくなり、中産階級を基盤とする知識層に変わったということでもある。 その姿勢は、階級存続を容認するかわりに、貴族が溜め込んだプロパティを公益に役立てよというものだと思われる。トラスト活動とは、階級対立を回避し、培ってきた貴族文化の優れた点を守る役割を担ったと見ることもできるのではないか。 従って、情操教育の重点は、風景鑑賞活動におかれたに違いない。貴族が所有していた土地が次々と一般に公開され、その保全活動も盛り上がったということでは。 こうして、環境保全教育が浸透していったのだと想定する。そして、やがて、“沈黙の春”がこの国に大きな影響を与える。中産階級が喜んでこうした運動を支えることになったということ。 本当にこんな流れだったかは、素人の想像だから、なんともいえないが、このストーリーには大前提があることに注意して欲しい。それは豊かな国家であること。個人の資産を社会の資産として保全管理する余裕があったのである。 しかし、その大前提は脆くも崩れた。階級を温存したまま、“揺り籠から墓場まで”を実現したから、英国は病に陥ったのである。抜本的な改革が迫られたのである。 当然ながら、ナショナル・トラスト運動もその試練に晒されたに違いないのである。予算を消化するだけの活動、美しい理屈がつけば闇雲に注力を始めるといった運営は社会が容認できなくなり、その活動で社会がどれだけの便益を享受できたかが問わる時代に変わったということ。 そうなれば、調査研究、訪問センター、常駐解説員、PRイベント等が盛んになって当然である。それが第一歩なのだから。そして、パトロンの懐事情を考えれば、付帯事業も手がけるしかなかろう。それを担えるプロフェッショナルを“現場で”育てたのである。 ここが英国の強みだと思う。 従って、英国の仕組みを研究して、その形態を真似したところで、たいした効果は期待できまい。 日本流に進めるなら、交流会に力を入れるのではなく、地域の活動を担っている、優秀と目される人材を他地域に異動してもらうのが、プロフェッショナル作りの一番の早道だと思う。そんな人達に活躍してもらう場を提供できれば、運動は一変するのではないか。 それこそ、保全事業会社の社長として采配を振るってもらってもよいのである。 --- 参照 --- (1) 「全国トラスト団体のリンク」(社)日本ナショナル・トラスト協会 http://www.ntrust.or.jp/about_ntrust/link.html#hokkaido 「日本の身近な自然と文化遺産の分布」ナショナル ジオグラフィック協会 http://www.nationalgeographic.co.jp/environment/special_topic.php?special_topic_id=2001&MAP (2) “2007/08 financial summary” National Trust http://www.nationaltrust.org.uk/main/w-annualreport08-financial_review (3) 「平成20年度収支予算書」(社)日本ナショナル・トラスト協会 http://www.ntrust.or.jp/gaiyo/jigyo/h20/20syushiyosansyo.pdf (4) 「建物の保存/運動の保存──保存運動のサステイナビリティをめざして」 [2008.3.25] http://forum.inax.co.jp/renovation/interview/002/001.html 「旧安田邸とは」 http://www.toshima.ne.jp/~tatemono/page004.html (5) 「平成19年度決算報告書」(財)日本ナショナルトラスト http://www.national-trust.or.jp/rinen/archive/H19zaimushohyo.pdf (6) http://www.national-trust.or.jp/ (7) http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/koenyuen/koen/azabu/arisugawa/index.html (8) 鈴木博之[監修]: 「皇室建築−内匠寮の人と作品−」建築画報社 2005年 (9) http://www.kunaicho.go.jp/about/shisetsu/kokyo/goyotei.html (10) http://www.atami-sun.com/sun2/kiunkaku.htm (11) http://www.tsunamachimitsuiclub.co.jp/history.html 環境問題の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
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