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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.2.9 ■■■

蟲 (蟻, 紙切, 蝿, 蜂)

「酉陽雑俎(ゆうようざっそ)」とは段成式[803-863]の"著作"。

魯迅に言わせれば、「成式家多奇篇秘籍,博學強記,尤深于佛書,而少好畋獵,亦早有文名,詞句多奧博,世所珍異,」ということでできあがった書。[「中國小歴史略」]
目次を眺めると、一見「群書類従」的だし、チラリと中を見れば百科事典風だし、生物などもあって博物学的雰囲気濃厚。なにせ40篇1288条もある。
しかし、コレ、網羅的な他書の追補だヨという姿勢で書かれたもの。
従って、中身は随筆然の箇所多し。だが、建前的には、これはあくまでも引用集。"撰集"なのだ。

この企画方針だけとっても、なかなかの知恵者であることがわかる。
今も昔も、中華帝国ではうっかり口を滑らすと命を奪われかねない。フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー[1613-1680]のように直接的シニカル表現などできる訳がない。従って、この本では、他人の発言や著作の断片情報をひっぱってきて、そこから、社会の本質を嗅ぎ分けたり、政治屋への皮肉や、習俗の見方などを読み取ってもらおうとの仕掛け。知的に極めて高度な書である。
流石、頭脳明晰な選良を任じる官僚。やるもんだ。
なにせ、諸子百家については、ツーといえばカーというレベル。すべての公的な書を読み込んでいるだけでなく、一ツ目小僧のような奇想天外な化け物オンパレードの「山海経」にも明るいとくる。
その手のトンデモ生物の伝聞話も様々なソースから「ピックアップ」して記載している。ママで淡々と。(実は、ソコが曲者。)

但し、引用や伝聞で埋まっている訳ではない。自らの体験話も。分析的に観察した話が並ぶ。こちらも秀逸。

つまり、道教の訳のわからぬ「創作話」と、自分が眺めた「事実」を対比できるように編纂されている訳だ。しかも、権威ある書がそうした話を無批判的に受け入れている場合もあることをそれとなく指摘。

問題意識をもつインテリの著作と言ってよいだろう。

その一部を、ご紹介しよう。"巻十八廣動植之二・蟲篇"から。

【蟻】・・・現代表記は「馬蟻 or 馬」。
 秦中多巨K蟻,好鬥,俗呼為馬蟻。
 次有色竊赤者。
 細蟻中有K者,遲鈍,力舉等身鐵。
 有竊黄者,最有兼弱之智。

始皇帝の地たる秦にいるのは、黒くて巨大な輩ばかり。
  戦争好き。
  あいつら馬だぜと皆が言っている。
ちっぽけな体で、赤い色がついるのも。
細身で黒いタイプは、ノロノロしていて鈍臭い。
  でも、自分の大きさ程もある鉄を持ち上げる力がある。
細々な大衆のようなのは黄色。
  こちらは弱っちいが、知恵者だ。


イヤー、このセンス素晴らしい。・・・

ジャン=アンリ・ファーブル[1823-1915]程ではないが、生物をよく見てらっしゃる。
小さい頃に身についた習性かも。

 成式兒戲時,嘗以棘刺標蠅,置其來路,
 此蟻觸之而返,或去穴一尺,或數寸,
 才入穴中者如索而出,疑有聲而相召也。
 其行毎六七有大首者間之,整若隊伍。
 至徙蠅時,大首者或翼或殿,如備異蟻状也。

小生の子供の時の遊びだが、
蟻道に棘を標識として刺した蝿を置いたことがある。
すると、それに触れた蟻が帰っていった。
穴から30cmか、あるいは10cmの距離だったろうか。
穴の中に入った蟻は、紐のように連なって出て来た。
声をかけて招集したのではと疑うほど。
行列には、6〜7匹毎に大きな首の蟻がいて、
全員で整然と隊列をつくって行進。
蝿を運ぶ際、その"大首"は隊列の横や尻について、
いかにも、異なるグループ登場に備えているかのよう。


段成式は大人になっても虫を観察する習慣を捨てなかったようだ。

 元和中,假居在長興裏。
 庭有一穴蟻,形状大如次竊赤者,
 而色正K,腰節微赤,首鋭足高,走最輕迅。
 毎生致蠖及小魚入穴,輒壞垤窒穴,蓋防其逸也。
 自後徙居數處,更不復見此。

若い頃、首府長安に仮住まい。
庭に蟻穴1ツ。形状と大きさはちっぽけな赤色タイプの蟻。
真黒な色をしているが、腰の括れが僅かに赤色。
頭が尖っていて、足高。走れば、最高に身軽で迅速。
蛾や小魚を生きたまま穴に入れる時には、いつも蟻塚を壊して穴を塞ぐ。蓋をして逃げ出さないようにする訳だ。
その後、数回転居したが、二度と見かけたことはない。


 山人程宗雲:“程執恭在易定,野中蟻樓三尺余。”
これは伝聞。「河北の野原で1m近い蟻塚を見た」というのだが、(本当かいナという気もするが、蟻の統制がとれた集団ならありそう。)

【天牛蟲】・・・カミキリムシ[髪切虫]
 K甲蟲也。長安夏中,此蟲或出於離壁間必雨,
 成式七度驗之皆應。

黒い甲虫。夏の頃、長安では、この虫が出て来て、壁の隙間から離れるようになると、必ず雨が降る。小生は、実際、それを見たことがあり、7回も降雨を経験した。

ほとんどの人は関心を持たないような虫も良く見ている。

【蝿】・・・今は蒼蝿が一般的.蚊子とも呼ばれる。
 長安秋多蠅,
 成式蠹書,常日讀百家五卷,
 頗為所擾,觸睫隱字,驅不能已。
 偶拂殺一焉,細視之,翼甚似蜩,冠甚似蜂。
 性察於腐,嗜於酒肉。
 按理首翼,其類有蒼者聲雄壯,負金者聲清聒,其聲在翼也。
 青者能敗物。巨者首如火,或曰大麻蠅,茅根所化也。

長安の秋は蝿だらけ。
小生は本の虫。一日で諸子百家の5巻を読破。
蝿には頗る悩まされた。睫毛に触れるは、書の文字を隠したりと。
偶然、撲殺したので、細かに観察。
羽は、はなはだ蝉似。冠は蜂。
腐敗物を察知する性状があり、酒と肉を嗜好する。
羽と首を大切にしていて、蒼色の種だとその音は勇壮。
金を背負っている種は清んでいるがかまびすしい。
その声は羽からでている。
青色の種は物を腐敗させる力がある。
巨大なのになると首は火の如し。
縞蠅という種があり、それは漢方の茅根の化身と説く人もいる。


ワッハッハッ的な記載。官僚生活をすればいやがおうにもその現実を観察することになるのだ。
世は、真面目に勉学する人を邪魔して嬉しがる輩だらけ。特に、首府では。
そんな輩は腐臭に惹かれて集まるもの。そして酒池肉林に耽る。矢鱈うるさいが、それは口と頭ではなく、単にバタバタ音をだしているにすぎない。一級になると、その音は確かに美しいが、喧しいだけのこと。そうそう、なかには、腐敗を広げる輩もいるので注意すべし。首領的なのも大いに危険であり、けっして侮るなかれ。出血を止める異端も存在していると期待感を持つ人もいないではないが、はたしてそんなものかネ。

【翳翁】・・・ジガバチ[似我蜂]
 成式書齋多此蟲,蓋好於書卷也。
 或在筆管中,祝聲可聽。
 有時開卷視之,悉是小蜘蛛,大如蠅虎,
 旋以泥隔之,時方知不獨 負桑蟲也。

小生の書斎にはこの虫が沢山いる。
書の巻物が好きなのだろう。
筆の管の中に居たり。祝詞のような声も聴こえる。
時に、巻物を開いてみると、悉く小さな蜘蛛。
大きさは蠅取蜘蛛の如き。
泥で隔離するのだが、
「桑蟲」ではないことを知ることになる。

そうなのである。権威ある書籍の記述は本質をとらえていないのだ。
書籍につくのはもっぱら紙魚。従って、それを食べる小さな蜘蛛だらけ。巻の芯の管に青虫がいても、それは住んでいる訳ではない。細腰蜂の毒針で麻痺させられ、管中の巣に運ばれただけ。幼虫の餌なのである。
それにしても、書斎にジガバチである。とてつもなく大量の書巻が所蔵されていたことがわかる。それが段成式の誇りでもあろう。

【白蜂】・・・徳利蜂(無害)が作る白色の巣
 成式修竹裏私第,果園數畝。
 壬戌年,有蜂如麻子蜂,膠土為於庭前檐,
 大如卵,色正白可愛。
 家弟惡而壞之,其冬果釁鐘手足。
 「南史」言,宋明帝惡言白門。
 「金樓子」言,子婚日,疾風雪下,幃幕變白,以為不祥。
 抑知俗忌白久矣。

修竹裏にある拙宅には數畝もの果樹園があった。壬戌の年だったが、麻の実のような蜂がいた。そのうち、庭の前にある庇に、土を膠の如くに使って鶏卵のような巣を作った。小生の弟はそれを悪しざまに言い、叩き壊してしまった。その冬のことだが、果たせるかな、手足が赤く腫れあがってしまった。
「南史」によれば、宋の明帝は白門と呼ばれる宣陽門を忌み嫌ったという。「金樓子」にも記載があり、息子の婚姻の儀にあたって、疾風雪でガマ蛙が白色化するのは良くないとか。詳細は不明なれど。
こんな風に、俗世間では白色を忌み嫌う訳だ。

天子が忌み嫌う信仰の本質について云々している訳だ。淡々と簡明に事実を記載しているとはいえ、なかなかの危険思想家といってよいだろう。信仰を習俗として、冷静に対象化して眺めているからだ。

【竹蜜蜂】・・・台湾竹熊蜂類縁(日本の黄胸熊蜂とは違う.)
 蜀中有竹蜜蜂,好於野竹上結
 大如子,有帶,長尺許。
 與蜜並紺色可愛,甘倍於常蜜。

四川辺りには、竹蜜蜂がいる。野生の竹での巣作りを好む。その巣は大きさから言えば鶏卵の如きで、長さ30cm程度の帯がある。巣も蜜も紺色で実に可愛い。その蜜の甘さたるや通常の倍。
お気に入り食材についても忘れずに記載。花粉リッチな蜜だろうから、滋養度高しである。甘さというより、そこが魅力なのだと思われる。それこそが中華の伝統の筈。

上記の程度の話で留まっているなら奇書と呼ばれることはなかろうが、以下のような話も掲載されているのでご参考まで。
尚、「胡蜂」はスズメバチである。蜂を扇で叩き落としたら、訳のわからぬ"物の怪"がついていて、悲惨な形で命を奪われたというのである。確かに、集団で襲われればひとたまりもないから、なにかの報いということか。ただ、その前段話が恐ろし気。息子の婢が、夏夜に突然寝所に侵入した老人に食い殺されたという。なんらかの裏話があるのだろうが。
 大歴中,有士人莊在渭南,遇疾卒於京,妻柳氏因莊居。一子年十一二,夏夜,其子忽恐悸不眠。三更後,忽見一老人,白衣,兩牙出吻外,熟視之。良久,漸近床前。床前有婢眠熟,因扼其喉,咬然有聲,衣隨手碎,攫食之。須臾骨露,乃舉起飲其五藏。見老人口大如簸箕,子方叫,一無所見,婢已骨矣。數月後,亦無他。士人祥齋,日暮,柳氏露坐逐涼,有胡蜂繞其首面,柳氏以扇撃墮地,乃胡桃也。柳氏遽取玩之掌中,遂長。初如拳,如碗,驚顧之際,已如盤矣。尠\然分為兩扇,空中輪轉,聲如分蜂。忽合於柳氏首,柳氏碎首,齒著於樹。其物因飛去,竟不知何怪也。 [卷十四諾記上]

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 3」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.
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