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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.3.5 ■■■

異界の時間

成式は、異界には2つのタイプありと考えたようだ。その分類視点は、時間の流れ。

1つ目は、完全な天界ではないものの、その域に近い、いわば仙人の世界。ここでの時間の流れは極めてのろい。マ、人間の目では、驚くほどのハイスピードで進んでいるとも言えるが。
1日が1年だったり。
成式は、このような考え方が通念化したのは、3〜4世紀ではないかと見ていそう。

要するに、仙人の言う3,000年とは凡人の30日だったりするということ。白髪三千丈は一尺かも知れぬのだ。このことは、仙術による長寿実現とは、気の持ちようと言えなくもない。
その辺りの思想性を看破した訳である。公言できる訳がないが。

言うまでもなく、これこそが道教感覚の源。
従って、この手のお話は【卷二 玉格】に収録されている。以下、3ツ。

【洞穴世界の時間】
衛國縣西南有瓜穴,冬夏常出水,望之如練,時有瓜葉出焉。
相傳苻秦時有李班者,頗好道術,入穴中行可三百歩,廓然有宮宇,床榻上有經書。
見二人對坐,須發皓白。班前拜於床下,
一人顧曰:
 “卿可還,無宜久住。”
班辭出。至穴口,有瓜數個,欲取,乃化為石。
尋故道,得還。至家,
家人雲:
 “班去來已經四十年矣。”

4世紀半ばの話。
衛国県には水が流れ出す瓜穴と呼ばれる美しい地があった。
道術に凝っている男がその穴にはいって、ものの300歩も行くと、忽然と宮殿が眼前に。
寝床があり、その上に経典。
白鬚白髪の二人が向かって座っていたので、床に平伏して拝礼。
すると一人が言う。
 「貴殿は帰還すべし。久しく滞在は宜しくない。」
そこで辞して戻ることにした。出口に瓜があったが、採ろうとすると石に変わってしまう。
しかたなく、もと来た道をたどって家へ帰った。家人によれば、すでに40年が過ぎていた。


【聖山の時間】
長白山,相傳古肅然山也。南有鐘鳴,燕世桑門釋惠霄者,自廣固至此聽鐘聲。
稍前,忽見一寺,門宇炳煥,遂求中食。
見一沙彌,乃摘一桃與霄。
須臾,又與一桃,語霄曰:
 “至此已淹留,可去矣。”
霄出,回頭顧,失寺。
至廣固,見弟子,言失和尚已二年矣。
霄始知二桃兆二年矣。

満州と朝鮮半島の境にある長白山は、古代から泰山に並ぶ聖なる地とされてきた。、
5世紀初頭、この山に入った僧侶の話。
鐘の音が聴こえ、突然、輝くような立派なお寺が現れた。
中食を乞うと、桃を続けざまに2ツもいでくれたという。
そして、一言。
 「長逗留だから、速やかに帰還するように。」
その言葉に従い、出立し、後ろを振り返ると寺は跡形も無く消えていた。
元の寺に到着。弟子が言う。
 「師は、2年間も、御帰りにならなかった。」
成程、桃2ツは2年を意味するのかと、僧侶は納得。


【女界山の時間】
貝丘西有玉女山,傳雲晉大始中,北海蓬球,字伯堅,入山伐木,忽覺異香,遂溯風尋之。
至此山,廓然宮殿盤郁,樓臺博敞。
球入門窺之,見五株玉樹。復稍前,有四婦人,端妙?世,自彈棋於堂上,
見球倶驚起,謂球曰:
 “蓬君何故得來?”
球曰:“尋香而至。”
遂復還戲。一小者便上樓彈琴,留戲者呼之曰:
 “無暉,何謂獨升樓?”
球樹下立,覺少饑,乃以舌舐葉上垂露。
俄然有一女乘鶴而至,逆恚曰:
 “玉華,汝等何故有此俗人!”
王母即令王方平行諸仙室。
球懼而出門,回顧,忽然不見。至家,乃是建平中,其舊居閭舍皆為墟墓矣。

3世紀の頃。
山東省で山に木を伐りに行った男の話。
芳香に誘われて進むと。忽然と壮大な宮殿が現れた。
門から入り中を覗いてみると、玉樹が茂り、その傍らのお堂で、絶世の妙なる美女4人が囲碁に興じていた。
闖入者に驚いてたちあがり尋ねた。
 「あなた様はどこからいらしたのですか?」
答えて曰。
 「芳香を訪ねてここまで来てしまいました。」
遊び再開。すると少年が木に登って琴をひき始めた。
そこで一人が呼びかけた。
 「どうして、独りでそんなところに上るの。」
その木の下にいた男は、口寂しいので、葉の上に垂れた露をなめてみた。
その時、突然、鶴に乗った女が飛来し怒号。
 「あんた達はなぜ俗人を入れたの!」
王母が王方平に命令し、それぞれの仙室に閉じ込めるとの気迫。男は懼れ門外へと。振り返れば、なにもなく、それは幻だったことがわかった。
家に帰り着くと、すでに時代は変わっており、旧居は廃墟となり、人々は墓の中。


この話の典拠ともいうべき話がある。
信安郡石室山,晉時王質伐木至,見童子數人棋而歌,質因聽之。童子以一物與質,如棗核。質含之,不覺飢。頃餓,童子謂曰:「何不去?」質起視,斧柯盡爛。既歸,無復時人。 [南朝梁 任ム:「述異記」卷上]
信安郡石室山の王質という樵、数人の童子が歌いながら碁を打っている所に遭遇。王質は童子から棗の種のようなものをもらい、口に入れると腹も喉も満足。ずつと見物していた。
ふと、童子に「行かないの?」と言われ、眺めてみると、斧の柄(柯)がぼろぼろに爛れていた。帰り着いたら、知っている人は誰一人としていなかった。


碁は知的遊戯にすぎないが、見方によっては、そこに全宇宙世界が凝縮されているとも言える。そんな悠久な流れのなかで考え事をしながら過ごせば、時はアッという間に経過していくものであり、将来を見据えながら思いに耽るなら、その数分とは、時間軸では1時間分に当たるのである。一勝負を見物したりすれば、軽く一時代を越えるのは当たり前。

一方、これと正反対の時間の流れもある。

成式は、3日が3年にあたっていたりする異界があると指摘している訳だ。
言うまでもなく、それは、悠久の時間が流れる過去の世界。死んでしまった人に関する記憶は、10年前、100年前、1,000年前でたいした差違はないのである。三国史の英雄は、ほんの一寸前に死んだも同然。
日本で言えば、この間の戦争が、第二次世界大戦ではなく、応仁の乱を意味していたりする訳で。過去の1000年とは生きている人間の仮想的な尺度でしかない。

そんな話については、えらく力が入っており、描写は細かい。中華社会の問題点がママで表れているからだろう。
冥界は現世以上に官僚制が整っており、当然ながら書類一本で末端の鬼がそれに従って動く。そこは饗応と賄賂が当然のように通用する世界なのだ。

【冥府の時間】
元和初,上都東市惡少李和子,父努眼。和子性忍,常攘狗及食之,為坊市之患。
常臂鷂立於衢,見二人紫衣,呼曰:
 “公非李努眼子名和子乎?”
和子即遽只揖。又曰:
 “有故,可隙處言也。”
因行數歩,止於人外,言:
 “冥司追公,可即去。”
和子初不受,曰:
 “人也,何紿言。”
又曰:
 “我即鬼。”
因探懷中,出一牒,印猶濕。見其姓名,分明為犬四百六十頭論訴事。和子驚懼,乃棄鷂子拜祈之,且曰:
 “我分死,爾必為我暫留,具少酒。”
鬼固辭,不獲已。
初,將入畢羅肆,鬼掩鼻不肯前,乃延於旗亭杜家。揖讓獨言,人以為狂也。遂索酒九碗,自飲三碗,六碗虚設於西座,且求其為方便以免。
二鬼相顧:
 “我等既受一醉之恩,須為作計。”
因起曰:
 “姑遲我數刻,當返。”
未移時至,曰:

 “君錢四十萬,為君假三年命也。”
和子諾許,以翌日及午為期。因酬酒直,且返其酒,嘗之味如水矣,冷復冰齒。
和子遽歸,貨衣具鑿楮,如期備焚之,自見二鬼挈其錢而去。
及三日,和子卒。鬼言三年,蓋人間三日也。

   [續集卷一 支諾皋上]
首府に残忍な悪ガキあり。犬猫を捕まえて食べたりするので、町の厄介者と化していた。
そのガキが、鷂をとまらせ街に立っていると、紫色の衣を着た2人連れが近付き、声をかけてきた。
 「李努眼氏の息子、李和子さんですか?」
取り敢えず挨拶すると、さらに一言。
 「故あって、話すことがある。
  人のいないところで。」
そこで、数歩、わざわざ人がいる方へ移った。
すると、
 「冥界の司直の追求中。早く立ちなさい。」
そんな言葉を受け入れる訳もなく、言い放つ。
 「人間のくせに、何故下らぬこと言うんだ!」
それに対して、
 「我は鬼ですゾ。」
そして懐中を探り、一牒の書面を。それには捺印がありまだ湿った状態。記載されている姓名は正しくその通りで、犬猫460頭の件での訴訟文面。
これには流石に驚き、かつ懼れた。
ただちに、とまらせていた鷂を棄てて平伏。
祈るがごとくに語る。
 「私が死ぬことになるのはわかりました。
  でも、しばらくお時間をおとり下さいまし。
  些少ですが、酒をご用意いたしますから。」
鬼は固辞したが、そうもいかず。
一軒目は、鬼は臭いが合わないと見え鼻をおさえたので、酒旗が立つ杜家の店へ。
店では、独り言を言うので気が狂ったと見なされた。なにせ、9杯注文し、飲んだのは3杯で、残りの6杯は誰も坐していないところにおいたのだから。
その席で頼んだのである。方便を使って、なんとか刑から逃れる算段をと。
鬼達は顔を見合わせて語った。
 「御馳走になった。
  この一醉之恩に報いなければなるまい。
  なにか策を講じよう。」
ということで、鬼は、立ち上がって言った。
 「数刻待ってくれ。戻ってくるから。」
その通り、終刻までにやって来た。
 「君は40万の銭を預けるように。
  さすれば、君の寿命は3年の猶予ができる。」
李和子は承諾し、翌日正午を期限とした。
酒の代金を支払い、酒は返した。だが、舐めてみると水のようで、冷たくて歯に凍みわたった。
いそいそ帰り、衣類を貸して銭を用意した。そして、約束の期日に備えて、銭を焚いた。すると、鬼達がそれを集めて去っていくのが見えた。
その三日後、李和子は死亡した。鬼の言った三年とは、娑婆の人間界では三日だったのである。


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