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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.3.11 ■■■

諾皋記の意義

卷十四/十五は「諾皋記」とのタイトルがついている。記載されているのは、鬼神の怪奇譚のみ。本書の核とされる部分である。
この難しい題だが、この本以外では見かけない語彙である。にもかかわらず、成式はさも当たり前の用語という風に説明している。
 成式因覽歴代怪書,偶疏所記,題曰《諾皋記》。
歴代怪書を閲覧し、たまたま気付いたものの筋をまとめて記載したので、その内容に合った題をつけた。それが「諾皋記」。

この「諾皋」だが、成式の造語ではない。にもかかわらず、どのような意味かはわかっていない。と言っても、五里霧中という程ではない。
この語彙が登場するのは、道教の祭祀で用いる呪文の冒頭。従って、「諾皋,太陰神名。[王明 「校釋」]との解釈がほぼ定説。
しかし、それなら、どのような神か。それに、成式はどうしてそんな知られていない神名を使う必要があったのか。・・・この答えがさっぱり想像がつかないのである。
これでは一歩も進めまい。
 段成式《酉陽雜俎》---意義難解。  [宋 姚ェ:「西渓叢語」]
具体的な呪文を知らないと、この感覚がつかめないだろうから、引用しておこう。
《靈奇秘要闢兵法》:正月上寅月・禹歩・取寄木三・咒曰:"皋・敢告日月震雷・令人無敢見我,我為大帝使者。" [宋 姚ェ:「西渓叢語」]

但し、上記は、他本からの引用で、しかも、それは間違いと書いてある。「諾」の文字も違う。どうも、今一歩。
もう一書あるので、以下にそちらを。どんな祭祀次第かがわかる。
往山林中,當以左手取青龍上草,折半置逢星下,歴明堂入太陰中,禹歩而行,三祝曰,
諾皋大陰,將軍獨聞,曾孫王甲,勿開外人;---
人鬼不能見也。
  [晋 葛洪:「抱朴子 内篇 登渉」]
山林の中へと往ったら、常に左手で、青龍の上の草を取るべし。それを半分に折って、逢星の下に置くべし。明堂を経て太陰の中に入り、禹歩で行くべし。三度、祝言を言うべし。
"諾皋"太陰の神にして、将軍様ヨ、独り聞かれよ。曾孫の王甲を。他の人でなく。---人も鬼も見ること能わず。


これ以上検討しても意味がないので、「諾皋記」の序に当たる部分を、頭から順に見ておくことにしよう。
夫度朔司刑,可以知其情状;
葆登掌祀,將以著於感通。

"度朔山"
  東海中にあり、蟠桃が生え、万鬼が出入りする。
  樹上の金鶏が鳴くと、鬼は人間界から帰還。
  その鬼門の番をするのは神荼と鬱塁。
  人間界で危害を加えるのは悪鬼。
  見つけると、葦縄で縛り上げて虎の餌にする。
"登葆山"
  西方の巫咸国にあり、天につらなる。
  天帝に仕える巫師達の薬草採取地。
  左右に赤と青の蛇を持つ。
この程度の情報量で、状況が見えたとは言い難いが、なんとなく知った気になり、感覚的にわかるならそれで十分。
明確な定義など不要であり、いい加減に作りかえられても、情緒的に理解していればどうと言う問題ではない。

そういうことで、ここにおける根本思想は1つ。
 有生盡幻,遊魂為變。
生有りとは悉く幻にすぎない。一方、魂は浮遊し変化していく。

要するに、ヒトの体とは魂の入れ物にすぎず、実体がある訳ではないという哲学。当然ながら、この考え方なら、魂の方は、どこにでも行けるし、千変万化で、様々な形で世に登場とあいなる。

これに、星絶対信仰とそれに合わせた官僚制度ありきの社会通念が接ぎ木される。
それこそが中華思想の真髄。
乃聖人  [1]
 定之式,  [2]
 立巫祝之官,  [3]
 考乎十輝之祥,  [4]
 正乎九黎之亂。  [5]

つまり、帝国を構築する5ステップがある訳だ。
[1] ともあれ、聖人登場から。
[2] その聖人が、星の運行をどう見るべきかというドグマを提供する。ここが原点。
[3] 次に、呪術的祭祀を司る巫者を官僚として組織化する。
[4] その組織の役割は、吉祥か凶か考察し判断すること。方法は定式化。
  「掌十輝之法,以觀妖祥」
():掌十輝之法,以觀妖祥,辨吉凶。一曰,二曰象,三曰,四曰監,五曰闇,六曰,七曰彌,八曰敘,九曰,十曰想。掌安宅敘降。正,則行事;終,則弊其事。 [周禮 春官宗伯]
[5] その上で、これに反抗的な分子を炙りだして抹殺。
 九黎(長江流域居住土着族)亂コ,民神雜糅,不可方物。 [國語]
もちろん、大酋長 蚩尤は敗戦。
これで、黄帝の中華帝国が完成。

さて、これと鬼がどう繋がるか。
 當有道之日,鬼不傷人;在觀コ之時,神無乏主。
鬼が人に悪さをするのは、人間界が乱れている証拠。常に「道」が有る状態なら、鬼が傷つけることはない。
そして「徳」が在ることが観てとれれば、神が主であるとでばってくる必要も無い。
こういうことである。
(何故に、これが重要かといえば、「天」の意向をしっかりと聞いておかないと、「天」が異変を発生させたりするから。そして、その異変が吉か凶かを判定する必要もある。)

そんな例証3ツ。・・・
 若列生言竈下之駒
「列子 天瑞 」には列子が弟子に、"烏足之根為,其葉為胡蝶。胡蝶胥也,化而為蟲,生竈下,其状若脱,其名曰千日,化而為鳥,"と言ったとされる。(「太平御覽」には、その蟲の名は駒と。)
この考え方は輪廻ではなく、千変万化である。
 莊生言戸内之雷霆,
 齊桓睹委蛇而病愈,
「莊子 外篇 達生」には"桓公田於澤---見鬼焉。"の話がある。自分だけ鬼を見たためか、桓公不調となり外出もせず。
齊士は"則為病。"だと。桓公、ほんとか?と尋ねる。
すかさず、鬼は色々なところにいると解説。"沈有履,竈有髻。戸内之煩壤,雷霆處之"といった具合で。
だが、見たのは"委蛇,---見之者殆乎霸。"成程、ソイツに違いない、と桓公。言うまでも無く、"不終日而不知病之去也。"
 楚莊爭隨而禍移,
「呂氏春秋 仲冬紀 至忠」の"荊莊哀王獵於雲夢,射隨,中之。"の話。射止めた隨を申公子培が奪う。暴力的で不敬だから、誅になりかけたが逃れる。しかし、三ヵ月で病死。その後、"殺隨者,不出三月。"なので、申公子培が身代わりになったことを王は知ることになる。

世の中はこのようなものなのである。鬼とはいたるところで遭遇すると考えるべきなのだ。と言うか、見たと言われればそれを否定などできる訳がないし、それが吉か凶など、どうにでも解釈可能。
それを前提として生きていくべきであるのは、当たり前の話である。

 祥變化,無日無之,在乎不傷人,不乏主而已。
つまり、凶兆だろうが吉祥だろうが、なんらかの兆候が皆無の日などありえないのであって、肝要なのは、そのことではなく、人を傷つけずに平穏にしていることと、自分が主人として振舞わなくてもこまらない状況をつくり出すことにある。

以上が成式の「諾皋記」前書き内容。
そして、「諾皋記」はこんなものになったと、後書き的な文章を付け加えることも忘れてはいない。

 街談鄙俚,
井戸端会議的な漫談であり、鄙びた田舎の狸話、
 與言風波,
それに加えて、波風が立つトンデモ言論、
 不足以辯九鼎之象,
それでも足らないところは、王権の象徴たる九鼎も使って、述べておいた。
 廣七車之對。
これを持って、七車を駆使するの気で広めてみたい。
「中阿含経 七車経」のガイストはこんなところ。・・・山、谷、村、町、野、河、海それぞれに適した車があり、それに乗らねば進めない。もちろん境界では乗り換えの要あり。しかし、車に乗るのは目的ではない。地に縛られず、本当の地はどこかを見失しなわないようにせねば。・・・との主旨で高弟が対論したが、両者ともに、そんなことはもともとわかっており、お互い理解が深まったと大満足。

と言っても、お堅い読み方はイカンゾ。
 然遊息之暇,
暇つぶしの息抜きがてらに、自然体で遊ぶような調子でどうそ。
 足為鼓吹雲耳。
お読み頂いて、
笛太鼓の音が耳までたなびくが如き満足感が得られたら、コレ幸甚。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 3」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.
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